“明日は何を新しく始めますか?”
これができれば目標管理は間違いなく成功する

戦後の日本の企業社会を特徴付けるものとして、年功序列、終身雇用ということがあり “日本的経営” とも呼ばれてきました。 しかし、本当にそうなのでしょうか。 新卒採用で同一企業にとどまることにより、在籍年数による序列(年功)は結果的に年令による序列になったのですが、少なくとも日本固有の制度ではありません。 戦後復興経済から高度成長期に至る特異な環境の中で現れた現象であり、しかも大企業においてのみ真であったということは忘れてはなりません。 多くの中小企業では年功序列、終身雇用が必ずしも一般的な形態ではなく、様々な対応を取っていたと見るほうが正しいのではないでしょうか。  そしていわゆる“日本的経営”も70年代半ばには限界に達していたのですが、その大きな潮流の変化をバブルの崩壊という大きな代償を払ってやっと見ることが出来るようになったともいえます。

人手不足それとも人余り?

戦後一貫して人手不足状態であった日本経済は80年代末からの15年間、突然人余り現象を経験しました。 最近になって今度は団塊の世代の大量退職で再び人材不足になると言われています。 どちらが本当なのでしょうか。 これらを日本的経営という観点から見ると、次のようなことがわかります。 高い経済成長率と慢性的な人材不足という時代においては、将来の発展を支える人材の確保が大きな課題となり、現時点での効率性は必ずしも第一優先順位ではなく、場合によってはいかなる代償を支払っても次に備えることが目標になることもありました。 このような環境においては各自に対する個別の評価より、集団としてどれだけの成果を達成したかが、次の飛躍にとって重要となります。  したがって、集団としての目標達成が重要で、成果も集団内で分け合うという風土が出来てきます。 集団の中での評価に差をつけるにしても最も納得性のある方法が最適となります。 年令や組織内での在籍年数は明確ですし、決して逆転することがありませんので、全員が納得せざるを得ない要件ということで広く導入されましたし、実際にほぼ全員にそれなりの地位を与えることが可能でありました。 一方、現在の安定成長期においては、全員に将来のステップを保証することはできませんし、 “今” の失敗は “将来の成功” で置き換えるにはあまりにも代償が大きすぎ、どうしても今の結果に焦点を当てざるを得ないことになりました。  このような状況下では年令や在籍年数といった絶対的な指標でなく、短期的な結果を相対的に評価する尺度が必要になり、相対的であるだけに組織内のメンバーに対する納得性の確保も大きな課題となります。

経営戦略の転換

このように将来に視点を置いた成長期の人材戦略から、短期的な成果を重視する経営戦略への転換がバブル期以降の人余り現象として現れたのです。 “年功型賃金”でなく“職種別賃金”という考え方が突発的に導入されたのも将来ではなく今に焦点を当てた処遇の仕方になったからです。
人材を含めた経営戦略の急激な変化を定着させるためにはビジネス環境の変化とその対応策の説明、従来の考えとの違い、スムーズな導入のための移行措置が必要ですが、バブルの崩壊とそれに続く経済危機、信用不安といった緊急事態に直面し性急に諸制度が導入された結果、さらに不安が拡大しました。

職種別賃金とは何か

本来は職種別賃金の前提となる “どんな仕事の結果がいつまでに求められているのか”という目標設定と、それぞれの仕事にどの程度の価値があるのかという前提条件の明示がなされなければなりません。 これによって、短期的な外部からの応援も可能ですし、極端な話、言葉のわからない外国人でも仕事が出来るようになります。 このような変化に各企業は対応できているのでしょうか。 業務の設計、明確な目標、結果を計測する指標、そしてマニュアルの整備が必要となりますし、更に環境の変化に絶えず対応できるようなモニタリングと柔軟な変更を可能にする組織運営力がマネジメントに求められます。

人手不足の二つの側面

さて、それでは最近の人手不足はどんなことになるのでしょうか。 どうも二つの側面があるようです。  一つは従来型の発想で景気が良くなってきたから将来の人材確保が必要だということで新卒採用が活発になっています。  もう一つは即戦力の採用です。
高度成長期までの人手不足は主として製造業における労働力と、将来の発展のために必要(と思われていた)新卒者であることがわかります。 特に、製造業における労働力は経済成長とともに3Kを嫌い中卒、高卒、そして外国人労働力へと担い手が変化してゆきました。  一方、新卒採用は常に “将来に備えて” の採用であり、本当の意味での戦力化は10年先と各企業とも考えていました。  そこにバブルの崩壊です。 “将来に備える” 筈の人材にとっての “将来” は突然消えうせ、かといって現在の業務は既に先輩がいる状況、さりとて当初は各企業とも早期退職を実行することも無く、自然退職とわずかな成長と、給与水準の切り下げでつじつまを合わせてきました。 当然、将来のための新卒採用は極端に狭められ、特別な才能、資格の保持者に限定されるという時代が10年も継続した結果、景気回復とともに必要になってきた中間層が育成されていないことにようやく気がつき始めたということです。 勿論、各企業での育成もさることながら、社会のシステムとしての若手社会人の育成がうまく出来ていないということで、ようやく状況に気がつき始めた企業が、今度は人手不足と言い始めたのではないでしょうか。

埋もれた人材

人材マーケットを分析してみると、もう一つ意外な側面があることに気がつきます。 高度成長時代に企業戦士として海外赴任した人たちの子弟が人材マーケットに流入し始めているのです。 多くの場合、赴任者は子弟の幼少時には現地で同居、進学を控えて男性は日本に帰し受験に備える、女性はかなりの部分がそのまま現地校で進学ということがありました。 結果的に10年、20年後の現在になって、海外で教育を受けた女性が男性よりも圧倒的に多いという現象が起きています。 現地のシステムで教育を受けた人たちは現地のマーケットを前提とした教育を受けているので、実践的訓練、資格、MBAを始めとした高等教育、そして勿論ビジネスの世界での標準語である英語でのコミュニケーション能力を備えています。
公平に考えれば、このような人たちが十分な機会が与えられることにより、人材マーケットも活性化するのでしょうが、まだ日本企業ではこれらの人材を有効に活用する手立てを持っていないようです。 そのため、彼らは外資系企業に流れ、実力とそれに見合う報酬を受けることになり、日本企業への転職はますます難しくなってきています。 日本企業もグローバルなつながり無しではビジネスが成り立たないような相互依存社会で競争しているわけですから、このような高い資質を持った人材をもっと積極的に活用できるようになれば、競争力も高まると思います。 そのためには、各企業のマネジメントがこれらの人材を受け入れることが出来るように仕事の進め方を変えてゆくことが必要になります。