その36         2015/12/28に掲載

コーチとコンサルタント

先日たまたまTVで中学生のバスケットとバレーボールの練習を外国人のコーチ

指導するという番組を見ました。 バスケットの場合は元NBAの選手で、1週間ほど

の練習でチームが見違えるほど良くなりました。 バレーボールの場合も同様で

両方に共通しているのは

1.基本に忠実で基礎練習をしっかり、楽しく行なう

2.個々人の特徴を活かす

3.指導が的確で、具体的

ということです。 最近話題になったラグビーW杯での日本チームの活躍もコーチの

指導によるところが大きかったことがわかります。 今まで体格の差からどうしても

負けてしまっていたスクラムでも体重差を物ともせず押し勝っていたのは見事です

聞くところによると、今回のチームはスクラム専門のコーチをフランスから呼び、

徹底的に基本から練習したそうで、このコーチは他の練習には見向きもせず、ただ

スクラムで勝てる方法を考え、その練習を選手に課したそうです。 タックルでは

低いタックルと、転んでもすぐ起き上がり次のタックルをするということを

格闘技のプロから学んだそうです。 しっかりとした練習を積み重ねれば結果は

ついてくるということです

ところでラグビーではJonesHCはヘッドコーチであり監督ではありません。 

多分日本語では監督なのでしょうがここに考え方の差があるように思います

監督という言葉には語感として上から指示するという意味が言外に含まれるよう

ですがコーチは選手個人の能力を向上させるためにアドバイスするという感じが

あります

ちなみに野球と違って、ラグビーでもサッカーでも試合中は“監督”から指示はできず

選手が自ら状況に応じて戦術を考えなければなりません。 戦略は試合前に十分

検討するのでしょうが野球やバスケットと違って試合を中断して指示を出すことは

できないので、選手が自ら状況を判断し、決断する必要があります

南ア戦のラストプレーで引き分け狙いのPGでなく、勝ちにいってトライをとる決断は

選手のものです

ビジネスの世界でもコンサルタントではなく、コーチが必要なのですが、どの会社も

コンサルタントは雇ってもコーチを雇うことはありません。 

強くなるために必要なのはコーチであり、社員も必要な技量をしっかり身につけ、

自ら決断できる体制を築くことが組織力の向上につながります

次回はコンサルタントとコーチの違いを詳しく見てみます

その35         2015/12/15に掲載

次世代の経済政策を

前回にも書きましたが、現在の先進国は軒並み低成長に陥りしかも伝統的な

経済政策、すなわち金融政策も財政政策も効果を発揮できない状況になっています

ケインズに代表される財政政策は財政難とバラマキの批判を浴びて、すでに有効な

政策とは考えられておらず、近年は金融政策一辺倒でした。 しかし金融政策も

同様にゼロ金利や大量資金投入という非伝統的手法になっていますが、それでも

デフレからの脱却はできず、一部の国を除いて景気の回復も遅れています

ドイツは東西合併の困難を低賃金労働力の自国内調達(旧東独との経済格差を

有効に利用)という形で財政の健全さを維持したまま成長するという機会を上手に

利用しましたし、アメリカは海外からの移民(合法、非合法に拘らず)の存在が

ベンチャー精神と相まって成長を保持しています。 この2国を除くと他の国は

どこも景気回復の見通しが立っていない状況です

そこで、日本は他国に先駆けてイノベーティブな経済政策をとるチャンスがある

と考えられます。 それが【金のかからない経済政策】です

前回も書いたような規制撤廃がまずあります

ベンチャー支援の資金供与もあります(大きな予算は要りません)

MITのアイデアコンテストは賞金は小さくても面白いアイデアが続出しました。

10mの高さから生卵を割れないように落とすという課題から火星探索機軟着陸の

大きなボールの中に探査機を入れて落とすというアイデアが生まれました

予算の使い方の工夫もあります。 DARPAというアメリカ国防省の資金は様々な

課題を出して民間企業でも個人でも参加できる仕組みとなっています。 その中

からGoogleの自動運転技術が生まれました

訪日観光客が急増して目標の年間2,000万人の突破は目の前で目標を3,000万人

に引き上げていますが、すでに課題も多く指摘されています。 ホテルが足りない、

カードで現金が引き出せない、表示が日本語しかなく理解できないから始まって

温泉や風呂の入り方まで改善すべき点が沢山あります。 投資の必要なものも

ありますが小さな努力を統一的に行うことで全体の方向性が明確になることも

あります。 皆が外国語を学ぶことで交流の機会が増えるだけでなく、自ら海外に

飛躍する機会が増えるかもしれません

このような課題を整理してわかり易く提示することは大きな予算は必要ありませんが

効果は大きいものとなります。 その他にも【金のかからない政策】のアイデアは

無数にあるのではないでしょうか。 こうして皆が参加することこそ必要なことでしょう

その34         2015/12/7に掲載

金融政策の死

最近、野口悠紀雄教授の著書「金融政策の死」を読みました

アベノミクス当初から私が主張していたように金融政策では不況からの脱却は

できないということを、きちっと経済理論に基づき検証しています。 全く同感です

世界の経済環境の中で日本が置かれた状況では円安は必然で、日銀の大胆な

金融政策が後押ししたことは事実でしょうが根本的な原因ではないという主張です

この中にもある通り、金融政策は不況脱却の切り札にはならずかといって昔ながら

のケインズ的な財政政策も資金不足でできないということです。 どうすれば良い

のでしょうか

伝統的な財政・金融政策ではない【金のかからない政策】が求められます。

想像力が求められているのです。 日本人は創造性に欠けるという議論も一部

にはありますが実際にはそんなことはありません。 女性作家による長編小説:

源氏物語、広重の:写実的な浮世絵、また経済面でも;為替制度や先物市場と

いった世界に先駆けた事実がたくさん存在しますので、今ではできないという

結論にはなりません

金のかからない政策とはなんでしょうか

まずは、規制撤廃です。 もちろん様々な問題が発生するでしょうが早めに発見し

規制するのではなく解決に導くことが重要です。 市場経済は情報のタイムラグに

よってどうしても市場メカニズムが働くまでの間は不均衡(不利益)が生じます

一定範囲内については【市場経済のコスト】として許容できれば可能性は大きく

広がってゆきますが、逆に規制をしてしまうと徐々に市場メカニズムが効かなくなり

最終的には統制経済に陥ってしまいます

今の日本は、統制経済一歩手前まで来てしまっているという認識が重要です

 

解決するにはどうすれば良いのか? 一つの方法は衆議院の期中解散を大幅に

制限することで、政治の世界も選挙を気にせず長期的な観点から取り組むことが

できるようになります。 イギリスもドイツもこのような制限を課しています

その33         2015/11/30に掲載

十年先が見えない人は経営者になるな

いわゆるサラリーマン経営者の任期として2期4年とか3期6年が当然という風潮が

ありますが、会社経営という観点から見ると少なくとも10年程度やらないと本当の

経営基盤は固まらないのではないか。 指名委員会は順送り人事の追認ではなく、

きちっと業績評価をした上で、1期2年で交代してもらうのか10年でも継続するのか

を決めなければ指名委員会としての責任を果たしたことにはならないと感じます

業績に基づく評価を社員に実施するのであれば、“まず、隗より始めよ”ということが

できなければ社内のモチベーションは上がらない

評価基準としては

社長  戦略4:組織運営3:実績数字3

役員  戦略理解と戦術展開4:組織運営4:実績数字2

部課長 戦術実践5:組織運営と指導4:実績数字1

戦略が正しく、組織ができていれば(適材適所)実績は自ずとついてくるものでは

あるが経営者としては結果責任を取る必要があるので経営レベルに即して実績数字

による評価も加味してある。 市場の変化や天変地異等、不可抗力に近いことが原因

で実績数字が目標に達しなくても、やはり責任は取らなくてはならない

このような基準で経営者、特にトップマネジメントを評価した結果、再任・交代を

決めて初めて社員にも、以前に書いたような客観的な基準による評価が可能になる

トップマネジメントは常に10年先にどうあるべきかという目標を定め、目標到達の

ための道筋と期間を設定するとともに、普遍的な価値観の共有を推進すべきです

2期とか3期の順送り人事では、対価なく過ごそうとする意識が先に立ち結局、組織

の活性化を奪うことになるので指名委員会の役割は重要です

 

評価の詳細はこちらをご覧ください

その32         2015//2416に掲載

経済活動の原点は自由な心

アダム・スミスの経済学は制約のない自由な市場を前提とし、その場合需給と価格

は自然に均衡し適正な市場価格が形成され、経済活動が営まれるとしています。

一方、マルクスの共産主義社会では全てが平等になり搾取がなくなると主張して

います

さて、結果はどのようないなったのでしょうか? 全てが平等になると人々は

勤労意欲を失い、経済活動は低迷してしまいました。 何故でしょうか?

経済活動の本質は『格差の解消』にあるからです。平等な社会は格差がありません

から経済活動の原点がなくなってしまうのです。 それではアダム・スミス的な社会が

理想かといえば必ずしもそうではありません。 国富論で述べられている社会は

時間的な経過が必ずしも明確に述べられていません。 一定の時間経過を取り

除くと正解かもしれませんが、実際の日常生活ではその時間内では不均衡が生じて

いますし、物理的な距離の制約を考えると均衡が長い時間実現しないことは自明

の理でもあります。 従って、現代社会では市場においても一定の制約を加える

ことで不均衡=格差の是正を図っていますので、アダム・スミスやマルクスのような

机上の理想社会ではないのです

さて、ここから得られすことは『できる限り市場には制約を加えずに不平等を是正

する』という大変困難な状況に直面することになり、様々な議論が生じます

自由と規制の間で揺れ動くことになりますが、経済活動は格差の解消にあるという

前提に立ち返るとできるだけ規制は少ない方が結果的に良い状況が実現する

事になります。その上で一定程度以上に格差が開いた場合は、『弱者救済』

手段を講じるが競争条件への再参入を促すための救済にとどめるべきで、救済

が目的になってはいけません

最近の政策を見ると“女性の活躍”、“未処分利益への課税”にしても“特区”に

しても規制で格差を是正しようという意図が見え、経済活動が本来的に持つ

格差是正の力を後押しするような政策ではないことに違和感を覚えずには

入られません。 規制で経済活動は活性化しないばかりか、逆に沈滞してしまう

可能性が高いことに危惧の念を抱かざるをえません

その31         2015/11/16に掲載

企業統治と家訓

コーポレートガバナンスが話題になってから久しいですが、依然として様々な企業

不祥事が起きています。 それに対して「第三者委員会」が設置され、犯人が

追求され「今後の対策」が講じられます。 “他山の石”として他社にも広がれば徐々

に企業不祥事が減っていくはずですが現実には減少していないというのが実態です

なぜでしょうか?

いわゆる近代的な経営、つまり経営指標を絶対視するような数値管理手法が広まり

株式市場での市場価値が重視されるようになって、伝統的な価値観が減少してきた

ためではないかと考えます。 江戸時代から続くような旧家では商人にも、個人にも

「家訓」と呼ばれるようなものがあることが多かったように思います。 これらは

数値というよりも「お客さんを大事に」とか「家名を傷つけないように」といった

価値観が優先されて、結果的に商売繁盛や家の興隆が得られるという考え方です

1970年代の高度成長時代あたりからこのような雰囲気が失われ始め、バブルの時に

完全に“時代遅れ”ということになってしまったのではないでしょうか。 バブルが崩壊

しても見直しには至らず精神的な放浪が今に引きずれれていると言ってしまっては

過酷でしょうか

今こそ、他国とGDPの大きさで争うのではなく、各企業が身の丈に合った行動方針を

確立し世の中に問うことができれば企業の不祥事はなくなると信じています

まさに「ソフトパワー」と呼ばれるものです

私が長く勤めていたソニーではエンジニアーの主張が絶対という頃があり、既存の

つまみがたった0.5mm大きくてもデザイン上許されなければ新規部品を作った

ものです。 当然、コストアップになりますが顧客に対する訴求力は大きく他社の

同様の商品と比較して高くても買っていただいたのです。 しかし、いわゆる

マーケッティング手法が導入され、拡販が求められデザインより価格重視ということ

で、結果的に価格競争に巻き込まれると後は坂道を転げるように普通の製品、

普通の会社になってしまいました。 その後はみなさんご存知の通りの結果です

ソニーの設立趣意書の第一は、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむ

べき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」ということで社訓ではありませんが

広く社員の間で共有されていた考え方であり、このような考えに共鳴する人に参加

してもらおうというのが採用時の最大のチェックポイントであり、成績は重要視されて

いませんでした

HPにも“HP Way”というのがあり、GEやIBMにも似たような考え方があり本当に

良い会社は規則と罰則による「外なる統制」よりも人の心の中に沁み入る精神的な

「内なる統制」がコーポレートガバナンスや内部統制の基本になっていたと考えます

内なる統制を充実することによって実質的でまた、日本の社会的環境にあった

仕組みが出来上がります

今こそ、それぞれの組織が自分たちに合った精神的な支柱を打ち立てる時

だと思います

その30         2015/11/9に掲載

アベノミクス 新3本の矢を考える

最近、新3本の矢というのが放たれたそうですが前回ほどの盛り上がりに欠けて

います。 最初の3本の矢が見事に中心に当たっていれば良いのですが、少し

検証してみましょう

ご存知のように3本の矢は

1.大胆な金融政策:円安と株高をもたらしました

2.機動的な財政政策:10兆円の需要創出は持続性に課題があるようです

3.民間投資を喚起する成長戦略:特区はできましたが、面の広がりはどうでしょう

そもそも、10兆円の需要不足があるのが不況、デフレの原因と言われてきました

ので順番としては需要創出、過剰供給の解消があって需給バランスが逼迫すれば

自然とインフレ傾向となる、つまりデマンドプル型のデフレ脱却となります

需要不足の中で金融緩和をしても、投資は増えず余剰資金は止むを得ず国債と

株式市場に流れ、株高と金利の低下をもたらすものの設備稼働率上昇は輸出の

増加分のみで国内への還元は少ないのです。 それでも物価上昇すれば

コストプッシュ型のデフレ脱却で、早晩景気は下振れてしまいます 実際、多くの

企業では円高対策で生産拠点を海外に移動していますので円安の実質的恩恵は

少ないですし、国内の設備稼働率もそれほど上昇しないため、賃金への波及は

極めて限定的です

3本の矢が放たれた時にコメントしたようにこの政策は中身は間違っていないの

ですが順番が違うために効果が非常に限定的ですしもっとも大事な3本目の矢の

中身が未だに不明確です。 成長戦略は規制撤廃でビジネス機会を広げることが

重要ですが、それでも効果を現すまでに時間がかかります。 具体的な規制緩和

がほとんど取られないまま新3本の矢と言っても賛同は少ないでしょう

経済政策は中期的に明確な目標を立て、それを後押しするような政策遂行

が必要です。 功罪はともあれ『所得倍増計画』、『列島改造論』が成功した理由は

目先でなく、中期的な視野を持ったことが成功の源です

企業の中期計画もこれと同様にぶれない目標が必要でしょう


その29         2015/11/2に掲載

シリア難民を考える

シリアをはじめとする中近東からの難民はヨーロッパに向かっているため日本に

とっては対岸の火事といった感じがします。 しかし朝鮮情勢が変化すれ日本は

たちどころに大きな波に飲み込まれることは必至です。 現実にベトナム戦争終了時

には多くのベトナム難民が発生しましたし、日本にも一定数が流入しましたので

大量難民に対してどのように対処すべきなのかという心構えぐらいは持っていた方が

良いと思います

今から40年ほど前ですが、私自身もベトナム難民である事態に直面しました

正確には難民ではなく、南ベトナムという国が消滅したために無国籍となってしまった

人の話です。 当時、採用担当していた私は南ベトナムからの留学生で某国立大

電気電子学科卒の学生を採用しました。 非常に優秀な学生だった記憶があります。

しかし、内定から入社までの間に南ベトナム政府が崩壊し、国費留学生だった彼は

新政府からは留学生として認定されず突然無国籍になってしまいましたが日本での

滞在許可はそのまま有効で国内在留は可能でしたので、入社をしてもらいました。 

厚生年金や健康保険の加入では支障があったのかもしれませんが、無事正社員と

して配属され活躍していました。 ある時、仕事の関係で海外出張の必要性が生じ

たのですが、ここで問題が発生しました。 パスポートが無いので一度海外に出ると

再入国できないということでした。 法務省や外務省と交渉しましたがどうしても認可

が下りず、泣く泣く出張を取りやめることになりました。 それからしばらくして彼は

アメリカに難民申請して移住し、他社に就職しました。 優秀なエンジニアーで

あったのですが一企業ではどうにもならないことでした

人事部門としてサポートし、担当役員の了解を得てここまでは不運ではあるが、

優秀な人材をサポートしたのですが、結局他社に行かざるを得なかったことに

なったのは残念です

若気の至りとは思いますが、このようなことを全く普通に扱い、各部門が支援して

くれたのは優秀な人材には是非活躍してもらいたいというソニーのDNAだと

感じています

日本企業がもっと実務者の判断でチャレンジできるような雰囲気を持つことを

願います

その28         2015/10/27に掲載

責任と権限

企業間でも個人間でも日本契約書は簡単明瞭、これに対し諸外国では分厚い契約書

が用意されます。 契約締結の際には簡単で“問題があれば両者誠意を持って

解決に努める”との内容は良いのですが、いざ問題が起きた時に本当に誠意をもって

解決に努めることになるのでしょうか?

いま話題になっている杭打ち不正を例に考えてみます

販売元は建築を建築会社に依頼します。 建築会社は実際の施工業者に依頼し、

さらに個々の場所ごとに専門の業者に依頼をするという構造になっていますが、

問題は誰が誰に何を依頼したのかということです。 新聞報道によると施工業者が

事前調査をもとに杭打ちの設計をして、深さや本数等、実際の工事を担当する

業者に依頼することになっているそうです。 この場合設計図に基づいて作業する

のが請け負った会社の義務になりますが、問題が起きた時の対処方法です

事前調査と実際の杭打ちでは場所も異なるので、設計図通りでない、つまりもっと

深かったり、浅かったりすることがあるでしょう。 本来なら設計図通りでないことが

判明した時点で工事業者は依頼主にそのことを指摘し、指示を仰ぐ必要があります

このようなプロセスを取っていれば責任は明確ですが、実際にはこのような報告は

無く、現場の判断で作業を進めていたようです。 しかし設計図通りの作業でないと

杭の長さ調節や資材の再発注等で工期の遅れや追加費用が発生します

その結果、多少の問題があっても設計図通りに工事を行い契約通りに終了という

ことになっているのではないでしょうか

つまり、報道で騒がれているように担当者個人のミスや意図的な改竄の問題では無く

そもそも契約がどうなっているのかということに焦点を当てないと改善にはなり


ません

実際の工事担当会社に責任があるのは明らかですが、契約次第では依頼主にも

責任があるのは明らかです。 しかし未だに事実関係と責任の有無を調査中とは

どういうことでしょうか

このような問題を見ると、やはり契約書は詳細な内容についても規定しておいた

方が良いようです

その27         2015/10/20に掲載

非正規社員の待遇改善

正規社員の待遇見直しと同義語です

前にも書きましたが、正規社員と非正規社員とを分けるものは結局のところ“身分”

の差であって戦前の職員制度、さらに遡って江戸時代からの身分制度に起源が

あると思われます

戦前の日本企業には社員と職員といった身分による区別があり、職種、待遇等

基本的には交流のない仕組みが存在していて、現代では公務員の一級、二級、

あるいは専門官といった身分上の差異があることでも認識ができます

戦後の様々な改革とともに表面上の区別は無くなりましたが、つい最近まで女性社員

に対する総合職と一般職といった取り扱いは残っていました

さて、本題の非正規社員の待遇改善ですが、すでにおわかりのように解決策は

いたって簡単で正規社員というカテゴリーを廃止(あるいは非正規社員の廃止)に

よって簡単に解決します。 非正規社員の社員への登用とは結局のところ非正規

というカテゴリーを存続させることで根本的な解決にはなりません

では、なぜ企業側の抵抗が強いのでしょうか。 それは賃金制度を中心とする処遇

の仕組みがあります。 正規社員であればよほどのことがなければ雇用調整も

できず、また賃金の改定もできません。 これは制度が非常に硬直的になっている

からです。 仕事に対する正当な評価が行われず良くも悪くも標準の上下狭い幅の

なかで処遇し続けるために長い間に組織全体の効率性が失われてしまっている

のです。 ソ連が崩壊した原因がまさにここにありました。 中国はこれに気付いて

積極的な市場経済を導入し競争力を維持しています。 もっとも競争のない国営

企業の競争力が落ちているのは必然です

一部政党が主張している同一労働、同一賃金、正確には単位時間当たり同一労働

同一賃金ですが、課題は何を持って同一労働と考えるかです。 外形的な基準では

ソ連、中国の国営企業と同じことになってしまいますので、労働の質に対する同一

労働が必要で、計測方法は各企業が開発し、働く人はもっとも好ましいと思われる

方式を採用する企業に就職すれば良いのです

ここに健全な企業間競争、労働力間の競争が出現して経済全体が活性化します

その26         2015/10/12に掲載

ギリシャの民主主義

古代ギリシャの民主主義のことではなく、最近のギリシャ情勢を見ていてさすがに

長い伝統のある国だけに民意の表し方と、政権の運営そして国民の分別が見事に

一致知っているように思える

総選挙を国民投票のように使う

政府に対する要望とEUに対する交渉とは分けて考え、孤高最適な交渉ではどこまで

要求が通るのかという限度をわきまえている

一方で日本では

一年交代が3年続いた自民党政権を忌避して民主党政権が誕生したのち

事業仕分けのような学芸会をやるように政権準備のないまま、やはり3年で3人の

首相を擁立した民主党を見捨てて再び自民党政権を誕生させた総選挙では、

いずれも300議席を超えるワンサイドな結果を見ると民主主義の成熟度はまだまだ

低いと感じざるを得ない

過去数回のアメリカ大統領選挙でワシントンポストやニューヨークタイムズは社説で

民主、共和どちらの候補者を応援するかという記事の中で“より悪くないのはどちら

の候補者か”という主張をしています。 本来なら“どちらが良い候補者か”という選択

ですが残念ながら“良い候補者はいない、しかしどちらかを選ばなくてはならない”、

そこでどちらがより悪くないかという基準になるというものです

最近の日本の選挙は“こちらが悪い、だからもう一方を選ぶ”という忌避の選択

なっています。 より悪くない方を選択するという行動ができるようになれば成熟度は

高くなったと言えるでしょう

1968年

パリ革命、ドゴールの決断、若手登用、大学改革、その後のフランス版所得倍増計画

フランスは今でも国際的な交渉の場での発言圏を維持している

ドイツ、バーダーマインホフ騒乱、1990年の東独合併、節度ある財政政策

日本では大学改革はなされず(大学闘争の原点は東大医学部の前近代性への

告発と研究の自由)、東大滅亡の瀬戸際で妥協による解決、旧体制の維持となった

日本の大学での研究制度では新しい講座ができないと新しい教授は生まれない

研究者は教授の研究を越えられない(教授の学説への挑戦は自らの教授昇進を

諦めること)

今では、藍は藍より出でて藍より青し、という状況は考えられないが、江戸時代まで

の方が自由な発想があったということなのか

その25         2015/10/5に掲載

内なる国際化から始めよう

だいぶ前から国際化ということが言われていて、企業の海外進出や訪日客の増加と

それに伴う“おもてなし”等が話題になっています。 残念ながら私から見ると本当の

意味での国際化は全く進んでいないのではないかと思います

音頭を取っている政府が発想を切り替える必要があるのではないでしょうか

例えば、ヨーロッパではPicture ID(写真付き身分証明書)を常に携行し、提示を

求められればその場で提示することは常識です。 もし携行していなければ確実に

不法滞在者とみなされてしまいます。 また、アメリカでは国内線であっても飛行機

の搭乗手続きでPicture IDの提示が求められます。 もっと身近な例では、

ボストンレッドソックスの本拠地フェンウェイパークでスタンドを回る売り子から

ビールを買おうとすると必ずPicture IDの提示が求められ、持っていないとビールを

売ってくれません。 ボストンのあるマサチューセッツ州は飲酒年齢が21歳で、

ボストンの近くは学生が多いため比較的飲酒年齢が厳しく適用されていますので、

白髪頭の70歳の老人でも必ず提示を求められます。

これについては知人に聞いたところ、若く見える人にだけIDの提示を求めると揉め事

になることがあるので、一律、全員にIDの提示を求めるのだそうです

日本ではPicture IDというとパスポートか運転免許証がほとんどで、しかも提示を

求められるのは官公庁や金融機関で重要な取引をする場合のみです。また写真付き

クレジットカードの普及率も高くありません。 しかし、上に書いた例のように海外に

出るといたるところでIDの提示が求められます。日本から旅行しているような場合、

パスポートでも良いのですが盗難等の危険があるし、国によってはパスポートの

信頼性はクレジットカードよりも低いことも多くあります

このような状況を知っていれば、日本の運転免許証やこれから発行される

マイナンバーカードに英語表記をつけてもらえると十分にIDの代わりになります 

写真とともに重要な情報である生年月日も“昭和、平成”では国際的に全く通用

しません。 ある時レンタカーを借りるのに日本の免許証を提示したら、免許証だ

という認識はしてもらえたのですが、生年月日欄を示したら“???”となって、

結局使えませんでした

内なる国際化とはこのように海外での常識を国内で生活していても身につける

ことから始まるのではないでしょうか

日本の常識は世界の非常識ということは多々あります

その24         2015/9/28に掲載

対症療法でデフレからの脱却はできない

 

学生時代に経済学で習った価格決定のメカニズムは、P.サミュエルソンによれば

単純に価格曲線と需要曲線の交わるところで決まり需要が減れば価格が下がり、

また供給が増えればか価格が下がると教わりました

この法則に従えば、バブル崩壊以降の日本経済はバブルで膨らんだ需要が剥げ落ち

それに合わせた供給が過剰になっているので価格が下がっている、つまりデフレ

状態にあるわけです。 その後の20年でようやく供給能力を減少させたのですが

今では自由貿易によって海外からの供給が増えるために依然として需給バランス

は取れていません

一方で今の政策は需給バランスの結果である価格を強引に引き上げよう、つまり

いきなり結論に働きかける施策ですからうまくいく筈がありません

金融緩和しても元々設備投資意欲が小さい、ようやく供給過剰を解消したばかり

なので緩和マネーは投資ではなく株式市場に流れています。 アメリカのように多く

の人の401K残高が一定量あれば株式の上昇は資産上昇につながります。 例えば

3割資産価値が上昇し、1割を貯蓄、2割を住宅投資に回せば住宅の担保価値が

上昇し、新たな借入が可能になります。 結果的に消費が増えて、景気が良くなる

という好循環になります

日本では、401Kの残高は小さいし、対象者も限られます。 また住宅投資をしても

資産価値は増加せず、新規の借入はできないので株高が消費の刺激にはなり

ません。 経済の構造的な違いがあるので、日本では別の施策が必要です

円安も為替換算による増益では現地通貨ベースの収益性は変化しませんし、

ましてや国内の賃金を上げる材料にはならないのです

このような構造的な違いを考えると、日本経済にとって必要なのは

 

1に、アイデアを活かす企業活動による賃金上昇

2に、雇用の見直し。 正規従業員制度の見直しによる労働市場の活性化

3に、これらを企業が実施できるように企業活動の自由度を上げるための規制撤廃

規制緩和ではなく徹底的な規制と官による介入の撤廃

 

需要が増加して価格が上昇するというデマンドプル型の好循環の実現には原因に

働きかけることが必要です。 デフレの原因を放置したままコストプル型で結果を

出せば(価格上昇)結局、需要が減少して再びデフレに戻ってしまうのは自明です

その23         2015/9/14に掲載

粉飾決算と不適切会計

自分の感覚で言うと、粉飾決算とは決算内容をよく見せようという意図のもとに

経理処理その他決算数字に影響を与える数字を不適切に操作すること、不適切

会計は会計処理上妥当な会計原則に依らないで不適切に会計処理を行うこと。

経営トップが積極的に関わる場合は粉飾、経理担当部門での処理上の問題が

不適切会計という認識を持っていますが、今回の東芝の件は不可解です

東証も新聞も、一貫して不適切会計と呼んでいますが、経営トップ3人が辞任

したにも拘わらず経理担当部門の責任者に対する処分がない、少なくとも報道では

明らかになっていない。単純に考えると粉飾決算だからトップが責任をとり、指示

されて行動を起こした担当部門はむしろ被害者という認識なのだろうか。

正義を貫き、真実を伝えるべき責任がある報道各社の姿勢が疑われると共に

一般市民に与えるマイナス効果は計り知れないものとなる

けだし、大きいことは安全だ

首を縮めて嵐の過ぎ去るのを待てば、責任を取らなくても済む

東芝が売上高100億円程度の中小企業であったら東証も検察も報道各社も

異なった論調になっていたのではないかと疑わざるを得ないのは大変残念です

その22         2015/9/7に掲載

人手不足と人員過剰の共存

新卒採用の活動も過熱化しているようで、各社とも若年層の人員不足が原因と

なっているようですが、同時に社内を見渡すと人員過剰の部門も以前としてあるよう

です。 これは一体何故なのでしょうか

伝統的な年功的処遇体系で企業経営を行っている場合、日本全体の人口構成の

変化の影響を受けざるを得ません。 つまり中高年齢層が増加して若年層が減少

しているわけですから、会社内の人口構成も自然と日本全体の構成と同じになって

しまいます。 しかし、会社はその組織の自由意志で役割や処遇を変えることが

できるわけですから、年齢構成と比例しない組織を作ることは可能です

年齢構成は逆ピラミッドやビヤだる型になっているとしても、役割分担も同じ形に

しておく必然性はなく、ビジネスの論理に従って自由に変更が可能な筈です。

しかし現実には多くの企業で非ピラミッド型の年齢構成と処遇体系、パフォーマンス

の不一致に悩まされています。 問題に直面したからすぐに解決ということは正しい

のですが、組織とか処遇のように人の感情に絡む事柄についてはもう少し時間を

かけて解決する必要がありますので、予見能力が大切です

為替の急激な変動のように予測が難しく、またいつ起きるかわからないような課題と

異なり年齢構成の変化は何年も前から予測可能な事柄です。 残念ながらほとんど

の企業で“わかっていながら、手をつけていなかった”ことになります。 企業経営は

リスクの予見と素早い対応、環境変化への柔軟な対応が基本とすれば、多くの

企業が基本的な戦略の部分で手落ちがあったと言わざるを得ません

現状のまま放置すれば、組織全体の士気が落ちてしまいますので早急な対応が

必要です

気概があり、先見性のある起業家よ出でよ!

その21         2015/8/31に掲載

再び評価について

これまでも評価については提案をしてきましたが、今回は“なるほど!、でも実現は

難しい”ということをご紹介します

先だって、ある小さなセミナーに参加しました。 コーポレートカルチャーに関する

内容でしたが、そのなかで人事評価に関する面白い話がありました

どこの会社も新卒採用時には何十人、何百人という人を採用するが、採用時点では

もちろん将来の活躍を期待して選別をしている。 しかし入社一年後のには、早くも

最初の関門=評価が待ち受けている。 そしてほとんどの会社では法則に従って

2割のハイパフォーマー、6割の平均的評価、そして2割の要改善者を抱えることに

なります。 たった一年前には将来を嘱望された人材がなぜこのようになるのか?

と、この講師は言っていました。 採用ミス?、入社したら変わってしまった?、

配属ミス?と色々原因は考えられますが、要するに2:6:2の比率が問題なのでは

ないかと考えられるわけです

講師曰く、評価欄に“改善すべき点”のような項目があるのでどうしても

何かを書きたくなる。 

そこで評価欄からこの部分を削除したらどうなのだろうか。 2:6:2の比率も

こだわる必要はないのではないか

誰でもおだてられると頑張るということがあります。 会社が社員に期待することは

守備範囲の仕事をこなすこと、できればプラスαの成果を期待することにあり、

低い評価でやる気を無くさせることではありません。 良い点を伸ばすような指導

できれば本人も会社も幸せになるのではないか。

皆が100点、時として100+αがある組織はきっと楽しく、活気のある職場になるでしょう

その20         2015/8/24に掲載

いつまでも“8+2=?”という教育で良いのか

明治の近代化以来、学校教育が始まり西欧的な教育制度が普及した結果科学技術

をはじめとして日本の近代化には多大な貢献があり、戦後の急速な回復にも寄与

したことに間違いはありません。 しかし、忘れてはならないのは江戸時代までの

教育と識字率の高さです。 これらの基礎があったからこそ近代化に成功した事実

は他の諸国と比べても明らかです

江戸時代までの教育は寺子屋であれ藩校であれ四書五経の白文素読が中心で、

寺子屋ではこれに加えて算盤を教えていました。 これらに共通するのは単なる暗記

ではなく身体に擦り込ませる教育です。 身体に染み込ませた知識を基礎に思考を

組み立てる訓練がありました。 典型的なのは禅問答で、緻密な論理思考を組み立て

あたかも西欧における哲学的思考のようなものです

翻って最近の学校教育を見ると“正解の暗記と偏差値”で、疑問や論理的思考の

訓練はほとんど無いのでは無いでしょうか

このような教育で成長した人たちがビジネスの世界に入るとどうなるのでしょうか

ビジネスの世界に正解はありません。 様々な情報から必要なものを取り出し

自分なりに整合性のある結論を見つけるという作業であって、唯一の正解を見つける

作業ではありません

冒頭の数式で言えば “◯+△=10” ということになります

正解は、“8+2”でも“4+6”でも良く、さらに“12+(−2)”とか“7/3+23/3”のように工夫

次第で“正解”は無限にあります。 学校の場で言えば最初に手を挙げた一人では

なく教室全員が正解を言えるし、知恵と工夫の出し合いとなるでしょう。 これが本来

の学校強育ではないでしょうか

このような環境で育った人がビジネスの世界でアイデアを競い合うことを望みます

その19         2015/8/17に掲載

70年談話 雑感

先日、話題になった70年談話が発表されました

是非、原文で全文をお読みください。 内容についてはここでの趣旨ではありません

のでコメントはいたしませんが文章そのものに驚愕したのでここに書いてみることに

しました

原文は“縦書き”3,000字の長文です。 しかし主語がなく、しかも“です、ます調”と

“である調”の混在した文章です。 私が長く関わった内部監査で言えばこのような

監査報告書を書いたら監査部長から突き返されること必至です。 政府の公式文書

としては大変寂しい文章で恥ずかしい限りです

原文を添付しましたので、ご一読ください

 

70年談話.pdf

その18         2015/8/10に掲載

サッカー東アジア杯を見て

夏休みと先週までの異常な暑さで先週の更新をしませんでしたが、今週も夏休み

のような話題をお届けします

若い頃からサッカーをやっていたので、サッカーの話題を一つ

昨日まで男女共東アジア選手権が開かれていて日本は惨敗と言っていいような

結果に終わりました。 男子は勝ちがなく最下位、女子も3位(参加国が日本、韓国、

北朝鮮、中国の4カ国)で海外組のいないメンバーという言い訳もできないような

内容でした。 新聞も放送中のアナウンサーや解説者も厳しい日程、完全アウェイ

(武漢での開催)、海外組がいないことを挙げてそれなりに健闘したみたいな論調

ですが、ヨーロッパや南米であれば痛烈な批評とブーイング間違いなしの状況です

個人的な感想を言えば、パスのスピードが遅い、ミドルシュートがない、ゴールが

見えてもパスをするといった“世界標準”から見ると格段にレベルが低くまさしく

ブーイングものです。 今や女子でも30-40メートルのシュートは当たり前、ゴールが

見えたらまずシュートなのにそれがないため日本がどれだけポゼッションを高めても

相手にとって脅威とはなりません。 逆に日本の守備陣は“こんなところからシュート

するのか!”といった感じで自由にやられています。 パスのスピードも遅いため

パスカットから逆襲という場面が多くありました。 パスのスピードが早ければあそこ

までパスカットはできないと思います

マスコミもダメなものは駄目とブーイングしなければチームとして強くなりません

見ている側も世界の強豪国のレベルではないということでしょうか

どうも、サッカーに限らずビジネスの世界でも似たような現象があるようです。 世界

標準と比してどうなのかという厳しい眼が注がれて、初めて企業も強くなるのですが

残念ながら不祥事でも曖昧にしてしまうような体質が本当の強さを阻害している

ようです

 

その17         2015/7/27に掲載

再び 責任とは

新国立競技場はゼロベースでの見直し、東芝は第三者委員会報告書が出て3社長

の辞任で幕引き、と一見世論に見合った形での決着に言えますが、どうもそれほど

単純ではないようです

新国立競技場ではこれまでの経緯ですでに60億円程度の費用が回収不能とのこと

実に総経費の3%になりますが、どうしてこの段階で見直しなのかが不明です。

評判が悪いから、費用がかかりすぎるからとのことですが、安く作ることは可能なの

でしょうか。 屋根は?可動式座席は?VIPルーム等の施設は?これらが削られては

安くても今後一流の施設としての運用が難しく、今後何年にも亘って膨大な管理

コストがかかるとすれば結局高い買い物になります。 この辺の検証と責任はどう

なっているのでしょうか

東芝問題では多くの識者が第三者委員会報告は落第点と言っています。 “直接

不正を指示した記憶はない”という言葉に戦中の様々な事柄との共通項を観る

思いです。 強制徴用を奨励した覚えはない、集団自決を強いた覚えはないと言い

責任逃れをしてきたのと同質の匂いを嗅ぐのは私だけでしょうか。 事実は集団の

無言の圧力という強制力とそこに至った社会情勢、異を唱えられない心理的圧迫、

これらが結局戦争への道を走り、莫大な犠牲を払ったことになりましたが、結局誰も

責任を取っていません。

戦国武将の責任感はあくまでも結果責任、今風に言えば “Accountability”と

 “Integrity”です。 だからこそ秩序が成り立ち、覇権が成立したのです。 

圧倒的なパックスアメリカーナの終焉と次の秩序が確立するまでのある意味では

グローバルな戦国時代にあっては戦国武将のような結果に責任を持つ

“サムライ”が求められています

その16         2015/7/20に掲載

なんでも欧米流が一番なのか?

バブルの崩壊から各企業とも3つの余剰に苦しみました

1.余剰な設備

2.余剰人員

3.余剰な借入金

これらの中で人員については戦後の合理化運動以来と言える人員整理を実施し始め

ましたが、これまでの生産現場での人員整理と異なり、今回の特徴は技術や管理

部門でのいわゆるホワイトカラーのリストラです。 日本の企業にとって未経験の

分野のため、海外からリストラ手法が導入され“アウトプレイスメント”という言葉も

徐々に市民権を得てきました。 この時使われたのが履歴書よりも職務経歴書を

重視し“今、何をやっているのか”、“どんな技術、資格を有するのか”ということが、

“これまでの積み重ねを示す社歴”よりも優先されたのです

これらの書類の“書き方”の指導も行われ、直前の仕事から遡るという今までと逆の

書き方が広まってきました。 しかし、受け入れる会社ではこれまで通りの仕事の

やり方、人材配置をしてきたわけで、欧米流の“仕事に人をつける”という方法では

ありませんので、どこかで矛盾が起きています

そしてこのところの人材不足、特に若年層の不足という事態に直面すると新卒採用

を積極的に再開し始めました。 新卒というのは究極の先物買です。つまり、技能

経験より人物本位の採用で社内で時間をかけて育成しようということで、“人に仕事

をつける”やり方の究極です。 成功確率は必ずしも100%ではありませんが、

各企業とも新卒採用は重要なイベントとしてとても重要視しています

一方で“今の技術・経験”を直接上司が採用し、他方で人物本位の採用を

継続するというダブルスタンダードになっています。 いつ、どこでこの二つの考え方

は交わるのでしょうか

まさに企業の戦略不足ではないでしょうか

私はアメリカ駐在中に新卒採用(MBA)を行いましたが、最大の課題は採用ではなく

配置でした。 管理者は新卒を育成するという考えがなく、預かってもらうのに大変

な苦労で説得したものです。 日本企業は今、役立つ人材も欲しいが新卒も是非

ということで将来再び過剰人員を抱えるリスクを抱えているのではないでしょうか

“仕事に人を配置する”のか、“人に仕事を配分する”のかによって、処遇は異なり

ますしいわゆる終身雇用との接点を明確にする必要があります

再びリストラではあまりに悲しいことになります

その15         2015/7/14に掲載

無責任の蔓延とその影響

企業人も政治家も自分の言動に対して責任をとる必要があることを強く意識する

ようなことが散見されます

最近話題になっている超一流企業での不正会計問題も、どこかで社内の雰囲気が

部門業績が最優先され、本来あるべき自己規制が働かなかったということでしょうが

関係者は心のどこかに“これで良いのか”という疑問を持っていたと思います

もう一つ政治の世界では、マスコミ批判をした政治家が話題になったものの結局は

責任がうやむやのうちに話題から消えてしまっています。 こちらはどこかに“正しい

と思うことを本音で話しているのだから問題になる方がおかしい”と考え、賛同する

人がいるから自然消滅してしまうのでしょう。 問題は何が正しいのかということで

本人が正しいと思ったから正しいのではなく、世の中の多くの人が賛同して初めて

正しいとされるのです。 

先の例で言えば先進国では辞任が当然、それによって自からの言動に重みが出て

きますし、他人からも尊敬されます

辞任も党からの除名もされないのはマスコミにも責任がありますが、世の中全体に

“責任の曖昧さに対する甘さ”があるということです。 子供は大人の背中を見て育つ

と言いますが、企業でも政治でも潔さの欠落は心配です。 国会答弁でも企業の会見

でもたとえ話で言い逃れてしまうような体質には危機感を覚えます

切腹することが問題解決にならないのは承知ですが、腹を斬る覚悟の有る無しは

説得力に違いがあり、詭弁を弄して身の保全を考えるような体質の変革を望む

ものです

その14         2015/7/6に掲載

専門家の育成が急務

グローバル化したビジネス環境の中で競争に勝ち抜くためには、日本企業も本格的
な専門家の養成を始めなければなりません。
身近なところではTVや新聞のキャスターがあります。 数十年に亘りホワイトハウス
の担当記者であったHelen Thomas、ABCニュースのBarbara Walters、CNN時代から
世界中を駆け巡り戦場からの報道も多いChristina Amanpourと言った名前が上がり
ます。 翻って日本でも彼らに匹敵する実力の持ち主はいるのでしょうが、ほとんど
の場合定期的なローテーションや昇進によって現場から離れ“出世”してゆきます

私事になりますが、町内会の防犯を担当し警察署の生活安全課との付き合いが
ありますが、町内会側の担当は10年以上のベテランが多いにもかかわらず、警察の
担当者は2年ほどでローテーションしてしまい密接な情報交換がようやくできるよう

になったのにまた一から出直しということが続いていますので、地域にあった対策が
できず10年一日同じような活動を続けることになり“改善”がありません


企業でも実施している定期的なローテーションでいわゆるゼネラリストを育てるのは
一定の意味がありますが、専門的な知識や経験の必要な職場では本当の意味での
専門職制度を発展させる必要があります。 企業活動の場がグローバルになり、
好むと好まざるとにかかわらず世界中の企業との競争に勝ち抜かなくてはならない
時代になっていますので、企業経営もそのような視点を持つことが大切です
営業、技術開発、品質管理、法務・監査等、一定の職務領域内でのローテーションで
専門性を磨くことによって高いレベルを維持することができるとともに、業務の質と
スピードの向上に役立ちます

再び私事で恐縮ですが、かつてこんな経験がありました
海外の企業の内部監査担当者が来日し、“J-SOX”について話を聞きたいということ
があり、20ページほどの説明資料を作成して面談したのですが、名刺交換で相手の
担当者が“CIA=公認内部監査人”資格を保有することが判明したので“J-SOXは
US SOXマイナス限定的対象範囲、COSOプラスIT”と伝えましたら“OK、了解”となり
たった5分で話は終わりました。 もし日本企業の担当者相手であれば資格が
あってもなくても礼儀上(多くの場合、複数人で来社し資格保有者でない方が
含まれる確率が高く、上位役職者である)時間をかけた説明が必須となります

彼我の生産性の差は明らかです

ここで重要なことの一つに専門家に対してどのような処遇をするかということがあり
ます。 開発の技術者等に対する“専門職制度”はありますが、残念ながら
“管理職も専門職”という概念はないようです。 人のマネジメントをするというのは
学校の成績が良かったり、知識があるだけではなくコミュニケーション能力や
折衝能力、適切なアドバイスができるトレーナー要素も必要ですが、ローテーションで
ゼネラリストの育成をすることは逆に各自の特徴を削り取り平均的な人材を育成する
ことになってしまいますので、結果的に尖った・創造性豊かな・改革を引っ張る人材は
育ちにくく、どうしても欠点やマイナス評価の少ない人物が昇進することになります。

このため企業の競争力が低下することになってしまいます。 世界に通用する専門家
を育てる環境の整備が望まれます

その13         2015/6/29に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

過去10数年世界中でテロや地域紛争が起きています。 また人種差別やそれに類

する凶悪な犯罪も多発していますが、なぜなのでしょうか

これらのテロや犯罪の多くが宗教がらみであることに注目しなくてはなりません。 

もちろん宗教そのものではなく、解釈の厳格化が宗派対立や宗教観対立、その延長

線上での人種や主義主張の違いにまで広がり、その結果として非常に狭い仲間と

多くの他の集団を忌避するということになっているのではないでしょうか

安保騒動後の不穏な政情のなか「寛容と忍耐」のキャッチフレーズで、国民との対話

姿勢を重視し、また、「所得倍増計画」の経済重視を打ち出したのが池田勇人首相

でした。自民党CMでの、「私はウソを申しません」のフレーズが、当時の流行語になり

ました

今こそこのような精神が大切なのではないでしょうか。 幅広い思考を許容した上で

ガラス細工のような妥協の上に世の中の仕組みを構築するというのが“民主主義の

本質”であり、多数決や話し合いで妥協点を探るという困難な作業を通じて、相互

理解と尊敬を深めることが重要です

心に余裕がないから寛容が薄れ、その結果として集団が小さくなることでますます

宗教対立、人種対立、国の分裂が起きています。 確かに香港やシンガポール

のような小国、多くのヨーロッパ諸国の人口が数百万人以下という事実があり、小さな

国であってもそれぞれの文化の際立った特徴があるため、国境を越えると家のかたち

屋根の色、地形や風景に大きな違いがあり存在感があります。 しかし、最近の

出来事はその小さい国がさらに分裂しようとしているという現実です。 スコットランド

ベルギーの分裂、カタルーニャ独立の動きを見ているとある種の純化運動のようにも

見え、“寛容と忍耐”という精神は感じられません

一方でグローバル化した企業では他国にまたがるオペレーションを多国籍な人材が

運営しており、どちらが国でどちらが企業組織なのかわからなくなります。 多分、

大きい・小さいというのは本質ではなく組織体として何を目指しているのかが重要

なのでしょう。 多くの顧客に幅広く対処するためには経営者は様々な顧客の要望を

聞き、適切な対処をスピーディーに実施する必要があり“排除の論理”ではビジネス

が成り立たないでしょう。 “国”という体制も同様に国民の幅広い要望に耳を傾け

政策を実行することで分裂を防ぎ、より良い社会の実現が図れると思います

普段の生活でも心に余裕を持つことを心がけたいものです

その12          2015/6/22に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

今週はもう一度“正規社員”について考えてみます

先週、国会では『同一労働同一賃金法修正案』が衆議院を通過しましたが、本来の

種子を骨抜きにした法案という批判もあります。

【正規雇用か非正規かにかかわらず、同じ職務の労働者に同じ賃金を支払うことなど

を求める法案。当初、派遣労働者の待遇と、派遣を受け入れている企業の正社員の

待遇について「均等の実現を図る」としていた。しかし、「均等な待遇及び均衡のとれた待遇」とする内容に変更。業務内容だけでなく勤続年数や責任の重さなども考慮して

バランスを取る「均衡待遇」の考え方を追加し、正規・非正規間の賃金格差を容認する

余地が生まれた。さらに、1年以内の法改正や立法措置を義務づけていた部分に

ついて、「3年以内」に先延ばしした上で、法改正などをせず、厚生労働省の通達など

でも良いこととした】

厚労省によると、派遣労働者の賃金は正社員の約7割

正規雇用か非正規かということが大きな分かれ目になっていますが、正規雇用と

非正規の違いはどこにあるのでしょうか。 まず考えられるのは“雇用期間”です、

さらに“1日あたりの就労時間”があります。 正規社員の場合、雇用期間は“期間の

定めのない”契約、つまり無期雇用と言われていますが、本当でしょうか。 実際には

定年までという期間の定めはあるのです。 従って有期だが長期契約であり多くの

場合新卒採用であるということがあげらます、もっとも最近では第2新卒や中途採用

でも正規社員になる道が徐々に広がってきています

それでも、30年とか40年とかの有期雇用であることには違いありません。 例えば

アメリカでは定年がありませんので本人に働く意思があり企業も貢献を認めれば

70歳でも80歳でも働き続けることができます。もっとも、目標に対する客観的な

評価制度がありますので、雇用を維持するだけの成果を上げなければ雇用は維持

されませんし、ほとんどの人は“早期退職”をして気候温暖な地でのゆっくりとした

引退生活をすることを望んでいますので80歳まで勤務する人はほとんどいない

というのが現実です。 しかし、制度としてはあくまでも“無期雇用”なのです。

翻って日本の現状を見ると、雇用期間が長ければ、定年まで勤めれば、様々な

ベネフィットが付加されて“非正規社員”に対し優位性があります。 昇級・昇格、

退職金、手当、企業年金等々です。 企業にとって社員の確保が重要であった時代

にはこのような施策で雇用の維持を図る必要があったということですが、成長が

止まり経済合理性が追求されるようになると、年功的に賃金が上昇し“時間あたり

生産性”が年齢とともに低下すると却って重荷になってきています。 しかし労働慣行

は急には変えられないので非正規社員を増加させて非効率な部分を“薄めてしまう”

ことになって、急速に非正規社員が増加しているということでしょう。 非正規であれば

雇用調整も比較的簡単にできるのでますます増加しているのではないでしょうか

このような本質に立ち返って考えると、正規か非正規かという問題よりも、やはり

“どうやって評価しているのか、どうやって仕事の目標を決めているのか”ということ

が重要です。 企業は本質を回避して課題の解決を安易な方法でごまかしている

のではないでしょうか。 具体的な目標設定と客観的な評価があれば、正規・非正規

という“身分”の差による賃金格差をつける必要は無くなります

もっとも、生産性の低い社員に対する教育・研修・指導・勧告といった“やりたくない

プロセス”から目をそらしている限りその企業の未来は明るくならないでしょう

その11          2015/6/15に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

クールビズと職場のドレスコード

最近こんな話を聞いてがっかりしています

もともとクールビズは“冷房の設定温度を下げたのでオフィスの中が暑くなります。

スーツにネクタイという服装にこだわらず工夫して対処してください”

“スーツにネクタイという職場のドレスコードの自由度を少しあげましょう”

ということで、“強制的にネクタイをしない”ということではないのですが、ダーク系の

スーツのネクタイを外しただけという“だらしない”身だしなみが制服になってしまった

感があります

さらに、A社の役員がB社を訪問することになり、事前に秘書が“A社ではクールビズを

おこなっていますのでネクタイなしでの訪問になりますがよろしいでしょうか”という

確認をして訪問しているとのこと。 ところがC社の社長は昔から服装には大変趣味が

ありクールビズの時でもきちっとネクタイを締めているそうです。 くだんのA社役員が

訪問することになりいつものように事前の問い合わせをしたらC社の社長は“服装

について指示するとは何事!”と非常に立腹されてしまったとのこと

さて、梅雨の季節にもかかわらず、学生の就職活動は黒のスーツで皆同じ、没個性

的であるものの採用する会社の謳い文句は“個性ある創造性のある学生求む”

だったりして矛盾していますね

最初にも書いたように、スーツにネクタイという陋習にとらわれずTPOにあった服装

をしましょうというのが本来の趣旨のはずですが、実際には“夏の制服”になって

しまったのはなぜなのでしょうか

日本にも、信長の型破り、伊達政宗の“かぶき”のような自由な発想があったのに

なぜか最近は型にはまった思考になってしまい、面白みに欠けています

戦後の日本経済が“追いつき、追い越せ”ということで効率一辺倒でここまで来たのは

事実ですが、人口減少・高齢化という世界に前例のない環境に対処するには、これ

までにない新しい発想で局面を打開する必要がありますので、制服を着てみんなが

一緒に行動する時代に決別しなければなりません

スーツを着てネクタイを締める洒落者と涼しげな服装で仕事をこなす人が混じり合い

それが違和感をおぼえないということになれば良いと思います

その10          2015/6/8に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

人事部の社内影響力低下が活力を奪っている?

バブル崩壊後、様々な見直しが行われた中でいわゆる「欧米流の経営手法」の導入

で無駄をなくし、合理的な指標に基づく評価ということが言われてきました。 人材に

ついてもMBAをはじめとする資格保有者による専門家の活用、有能な人材の採用

による組織の活性化ということも言われました。 その過程で専門知識のある経験者

の採用、直接上司による採用や評価の強化(人事による全社的調整の低下)、数値

目標管理というものが一般的になり、これに伴って人事部の影響力が低下したという

ことがあります

もっとも、他社との競争によるバブル期前の根拠のない大量、無節操採用や人材

育成の形骸化で人事部は本来あるべき仕事をすでに放棄していたのかもしれません。

これまでに述べてきた評価の考え方の導入はそれほど難しくないのですが、技術や営業にとどまらず管理系でも経理・財務・法務をはじめとする現場の力が強くなって

しまった組織では、残念ながら現場からの大きな改革は抵抗が大きくなり、よほど

人事部の力が強くないと困難になっています。 もちろん、会社トップからの指示が

あればできるのでしょうが会社トップへの提言力も小さくなっているのでなんらかの

きっかけが必要になります

日本企業の特徴で、他社と異なることを実施することには大きな抵抗があるものの

逆に、内容的に疑問があっても他社がやっていれば「バスに乗り遅れるな」ということ

で、一斉に採用することが多くあります

競争が国内だけにとどまらず、既にグローバルになっている現代では右へ倣えという

経営では企業として生き残れません。 組織に適した理念を創造する担い手としての

人事部の発想力とリーダーシップが問われる時代になったのではないでしょうか

 

頑張れ、人事部!

その9          2015/6/1に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

営業の目標管理はどのようにすれば良いのでしょうか

まず、現状把握が大事です。 例えば常連の顧客といえども様々な理由によって実績

には変動もありますし、時として継続受注ができなくなることがあります。 過去10年

の平均で前年からの継続率が90%だという結果が出ていると、計画としては前年実

績の90%が継続受注額となりますので10%分の新規受注をしないと前年通りとは

なりません。 一方で翌年の会社全体の目標が前年比10%アップだとすると、合計で

20%の新規受注が必要になります

さらに、新規顧客獲得のためにはどれだけの新規顧客候補リストが必要で、成功確

率がどの程度かというのも過去の実績平均がありますので、これらを加味すると新規

顧客獲得のためにどの程度の時間を使う必要があるのかもわかります。 新規顧客獲得に

必要な時間と継続顧客維持のために必要な時間の配分も重要です

また、新規顧客獲得のステップごとの計画を立てれば進捗状況の把握にもなります

  • 新規顧客候補リストの整備
  • 訪問アポ取り
  • 訪問:平均して何回必要か
  • 年間スケジュールの立案
  • 実施

これらを計画に立て直すと

  1. 既存顧客の継続 90%以上
  2. 新規顧客獲得 20%
  3. 必要な新規顧客候補リスト 50社
  4. 3回の訪問で受注確率80%以上とする新規顧客 10社

ところで、もう一つ重要なことは市場の状況です

もし、市場規模が年率20%で伸びているなら前年比10%増という計画はシェアーを

落とすというかなり弱気な計画ですが、達成可能性はかなり高いことになります。 他

方、市場規模が年率10%縮小しているとなれば相当にハードルの高い計画となり実

現可能性の蓋然性は低いということを会社自体が認識する必要があります。 つまり

前者の例では10%増を達成しても評価はあまり高くないが、後者の場合は5%増の

結果でも高い評価が与えられるべきです

目標の達成は単に各個人の目標ではなく、会社としても目標自体が市場環境や

競争条件でどの程度の困難さを伴うものなのかを責任を持って評価する必要があり

これが上位管理職の大きな役割となります

このように、整合性のある目標があって初めてメンバーと管理者の信頼関係も築かれ、その結果として正当な評価ができ、その結果がメンバーに受け入れらるということにな

ります。 管理者の役割は単に叱咤激励するだけでなく、客観的な目標の立案、メン

バーへのアドバイス、環境の変化があった場合の迅速な対応ということになりますの

で、知識や経験のみならずコミュニケーション能力、変化の認識と素早い対応力が求

められます

その8          2015/5/25に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

今回は、予定を変更して少し東芝の業績結果報告について考えてみたいと思います。期末を過ぎた4月上旬に不適正会計処理があり500億円程度の利益修正の可能性を公表したのみならず、5月に入ってから不適正会計が図当初のインフラ関連部門での「工事進行基準」による過小見積りのみならず半導体やテレビ部門でも不正会計処理の可能性があるということでようやく本格的な第三者委員会を設置することになりました。 通常、第三者委員会の調査結果が出るまでに3ヶ月程度かかるとすると決算数字の確定が株主総会までに間に合わず、東証の上場基準に抵触するという大問題です

当然のことですが、内部統制の一環として金融商品取引法24条(J-SOX法)に基づく社内検証を行い、さらに大手監査法人が監査しているわけですから長期にわたり違法な会計処理が行われていたという事は本来的にはありえないことです。

逆に考えるとJ-SOXに対する信頼性が本当にあるのだろうか、また形骸化していたのではないかという疑問もわいてきます。実際にはどこの会社も似たような状況にあるのではないでしょうか

法律は遵守することはもちろんですけれども、その法律が持つ本来の趣旨を正しく理解し体制を整備することが重要になります。 J-SOX法については早くも多くの会社で形骸化が指摘されており、莫大な労力の割に実効性が少ないという指摘がありますが、今回のような事態を見るとどこかに問題があったことが明白です

内部統制や内部監査に関わる人は「専門的懐疑心」を持たなくてはいけませんが、基本的に社員であってマネジメントの内部にいる限り、本当に懐疑心を持ちさらにそれを主張できるかどうかというのは疑問な点もあります。 一つの解決策として内部統制プロセスにも外部の目を入れることも必要になります。 本来は、監査法人が外部の目としての役割を持つわけですが、ビジネスそのものに対する経験が少ない監査人はどうしても会社内部の情報に依存せざるを得ず、今回のような場合「専門的懐疑心」を持てなかった可能性もありますので、やはり社内の体制の構築が重要になります

会社の信用(レピュテーションリスク)、第三者委員会等のコストを考慮すると普段から外部の眼を入れておくことはコスト面から考えても重要なことです。 日本の企業はどうしても自前主義になり、社内の「暗黙のルール」にメスが入らない危険があることを承知しておくべきでしょう


その7          2015/5/18に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

目標設定については、営業のような職種は簡単だけど、管理的な仕事での客観的な目標設定は難しいという話をよく聞きますが、本当でしょうか。 私は逆に営業ほど客観的な目標設定が難しい職種はないと考えています。 理由の一つが顧客の状況に結果が大きく左右されることが多いということです

具体的な例を出して考えてみましょう

Aさん: 年間売り上げ目標 1,000万円 結果:1,200万円

Bさん: 年間売り上げ目標  900万円 結果: 900万円

Cさん: 年間売り上げ目標  900万円 結果: 800万円

普通に考えると

Aさん 優秀、 Bさん 普通、 Cさん 要努力

となりますが、もし売り上げ結果の内容が次のような場合はどうでしょうか

Aさん: 前任者が苦労してまとめた商談が今年度に成約し年度始めに300万円の売り上げがあり、さらに年度末に顧客が余り予算を予想外に執行して100万円の上乗せがあった。 しかし来年度の成約見込み残高は0円である

Bさん: 当該地域での担当の3年目でこれまで積み重ねた顧客との信頼関係で目標を達成し、次年度の受注残も200万円ある

Cさん: 前年まで担当した地域での売り上げが今年度成約となり引き継いだ担当者の売り上げとなってしまった。 現在の担当地域はゼロからのスタートで顧客との関係醸成に多くの時間を取られた結果、今年度の売り上げは800万円にとどまった。 しかし来年度の受注残が400万円あり来年度は期待が持てる

さて、どのように評価しますか?

実質的な本人の営業努力は

Aさん:800万円、Bさん:900万円、 Cさん:800万円+α(前年度分)

ということになり、評価が全く逆転してしまうかもしれません

 

それでは管理的な仕事の場合はどうなるのでしょうか。 売り上げやコストと言った数値で表現できる目標が少ない職場なので、客観的な数値目標は出来ないという意見が多くありますが、私はそうは思いません

管理的な仕事の場合、ルーチンをそのままやっていることもあるかと思いますが、これでは生産性が向上しないばかりか賃金の上昇があった場合、報酬単価当たりの生産性は低下してしまっているのです。 そこでこのような職場でも《改善》が求められます。 例えば3人でやっていた仕事を2人こなすとか、システム化して一人でもできるようにする、あるいは仕事の流れそのものを見直して大幅な簡素化を図るというようなことです

この場合、何かをやろうとすれば

計画を立てる=>関係者の理解を得る=>具体的な実行案を作成する=>実行する=>結果を検証する

というようなプロセスが必要で、それぞれの段階をいつまでにやるのか、費用はどの程度かかるのか、そして関係者は誰と誰でどのような調整をするのか、最後にこれらの計画をいつまでに完成するのかという時間軸と費用について承認してもらうことが必要です

予算と時間軸は明確でわかりやすい目標になります。 営業の売り上げのような外部要因に左右される要素も少なく、まさしく自己コントロールの結果が現れてくるわけです

営業目標もこのような内容に改める必要がありますので、次回はそれを紹介しましょう

その6          2015/5/11に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

回はAさんとBさんの例を出しましたが、早く達成したAさんの評価が《平均的》ということに違和感がある方もいると思いますので、もう少し詳しく検討してみましょう。

ここで重要なのはAさんとBさんに知識や経験の差があるということです。 つまりAさんの方が“いわゆるできる人”だということです。 知識・経験・アイデア・スピード・リーダーシップ等を総合的に判断した結果ですが、各自に差があることは自然です。 Aさんは先ほどの3ヶ月で達成できる仕事以外にもう少し複雑で困難の伴う仕事も十分にこなせるし、そのような目標も与えられることでしょう。 一方、Bさんの場合はまだ困難の伴う業務の主担当にはやや時期尚早ということです

このように各個人の立場の違いは基礎的な処遇に反映されるべきで、上記の例で言えば次のようになります

Aさん 基礎的処遇:120 仕事の評価:100  総合:120

Bさん 基礎的処遇:90  仕事の評価:120  総合:108

ここで注意しなければならないのは基礎的処遇という考え方で、それぞれの仕事遂行能力であって人物評価ではないということです。 Xという業務ではAさんは基礎的処遇は120でも、Yという業務では90かもしてませんし、140かもしれません

従って、マネジャーの役割は仕事の見積もり(どの程度の困難さがあるのか)と、メンバー各自の遂行能力(基礎的処遇)を正確に把握し、且つ、各メンバーと話し合い合意を得ること、さらに年間の業務計画に適切に組み込むことが必要です。 さらに条件の変化や困難に直面した時の側面援助やメンバーの組み替え、最終的には直接支援によって年間の事業計画を達成できるようにしなければなりません

このようなことが達成できて、初めて適切な目標管理ができ達成度が計れるわけです。

皆さんのまわりではこのようなことができているでしょうか、あるいはメネジャーの方はこのような業務の割り振りと進捗管理ができているでしょうか

これに関連してもう一つ考えなければならないのは、同一名称のポジションの基礎的な処遇は同じかどうかということです。 例えば営業支店が日本全国に15店あったとします

東京の売り上げを100とすると

大阪=70

名古屋、福岡=50

広島、仙台=30

だったとすると、同じ《営業所長》であっても基礎的処遇は同じで良いのでしょうか? 広島支店長から大阪支店長になるのは昇進と考えられますが処遇は同じで良いのでしょうか?

東京をAクラス

大阪をBクラス

その他をCクラスとすると同じ《営業所長》でも処遇の差がありますので上記の例のように広島から大阪への転勤は“名実ともに昇進”となります

本社の部長と子会社の部長等々、同じ名前であっても責任の重さが違えば、基礎的処遇も異なって当然ですし、それによって昇進の機会が増えるし、明示的になります。 客観的な評価を実施しようとするとこのように組織のあり方も見直さなくてはなりません

次回はポジションのレベル設定と各自の目標設定について考えてみます。 営業は簡単だけど間接部門の客観的目標は難しいという声を聞きますが、実際には営業での客観的目標設定は難しいということも考えてみます

その5          2015/5/4に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします


前回は各マネジメントレベルの行うべきことと責任について考えてみましたが、それでは具体的にどんなことをすれば良いのでしょうか、部課長クラスを例にとって考えてみます

 

どこの会社でも年間の事業計画は新年度の始めである4月から12ヶ月の間に何を達成するかということが列挙され、それぞれの項目に対して達成目標が示されることが多いと思います。 つまり新年度からいろいろな必要なことを始める、あるいは前年からの継続事項を引き続き実施するということですが、ここで一つ疑問があります。 どの項目も達成に12ヶ月かかるわけではありませんので、年の後半にはやるべきことが少なくなってしまうのではないか。また、あることを達成するのに経験豊富なAさんなら3ヶ月で達成できるが、経験の少ないBさんは5ヶ月かかるかもしれません。

 

そこで、マネジャーの役割としてはその部門に必要な達成項目をいかにして効率的に各メンバーに配分、メンバーからも理解を得るようにすることが求められます。 さらに、そのためには各メンバーの実力の把握と、やらなければならない仕事を達成するためにどれだけ時間がかかるかということを正確に推測することも求められます。 最後にそれぞれの仕事がいつまでに終了しなければならないのかを把握し、必要な時間との兼ね合いでいつスタートしなければならないか、あるいはいつまでスタートを遅らせることができるかを把握しないと効率的な資源配分ができなくなります。

ここにも記したようにマネジャーに求められる能力は

 

1.各メンバーの実力の把握

2.仕事量の見積もり

3.達成に必要な時間の把握

 

ということになります。皆さんの職場ではこのような能力が求められているでしょうか、また部門目標がこのようにしてメンバーに割り振られているでしょうか

 

これらができていないと、正確な評価ができません。 例えば前例にあるようにAさんなら3ヶ月、Bさんなら5ヶ月かかる仕事の場合、Aさんは3ヶ月で達成しBさんは4ヶ月で達成した場合の評価はどのようになるのでしょうか。 一般的にはAさんが高い評価でBさんは低い評価になるでしょう。 これで良いのでしょうか

 

先の例にもあるようにAさんなら3ヶ月でできるのであれば今回の結果は《平均的》であり、Bさんの場合1ヶ月も早く達成できたのですから評価は《平均以上:良い》ということになる筈です。 客観的な評価というのはこのような状況を言います

 

すでにおわかりのように、適切な目標設定があってはじめて妥当な評価があるということです。 次回は評価についてもう少し見てみましょう 

その4          2015/4/27に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします


管理者の責任についてですが、まず管理者の職責は何かということから考えてみたいと思います。 何を管理するのかということですが、当然仕事の管理ということになり、人を通じて仕事の管理をするわけですから必然的に人の管理をしなければなりません。 ここで忘れてはならないのは、人の管理はあくまでも仕事上の目標を達成するための【手段】であって【目的】ではありません

会社全体の目標がありそれが部門→部→課→個人というように因数分解されて個人で遂行可能な範囲に落ちてくるわけですが、これらが繋がっているからこそ最終的な目標=会社全体の目標が達成するわけです。 では、具体的にどのようなことが要求されているのでしょうか

【経営トップ】

  • 現状の問題点を把握した上でより一層の発展を図る為、将来の方向性を示しそれを実現できる体制を作り出すこと
  • 方向性の見誤り、タイムリーな体制作りの不備が責任となる

【執行役員レベル】

  • 上記方向性を具現化する為、グローバルな観点で現状からの改革を目指し、担当業務毎に具体的指標を明示し推進すること。 社員全員の力を引き出し又、総力を結集する為の方策を講じること
  • 基本方針に対する疑問や提案を経営トップに対して行なうこと
  • 具体的指標が明示できない、改革のリーダーシップが取れないことが責任となる

【部課長レベル】

  • 上記指標を達成する為、広く社内外からの情報、意見を集め具体案を策定し、且つ実践すること   
  • 各々の場面でのイニシアティブをとること。  改革の波に乗れない人たちへの指導と援助をすること
  • 基本方針及び指標に対する疑問や提案を上位マネジメントに対して行なうこと
  • メンバーと問題を共有し、必要な判断を下し、組織構成員個々の力を上回る成果をあげることが責任となる

【メンバー】

  • 上記具体策を実行する為、経験と自らのアイデアを生かして確実に目標を達成するとともに常に次のステップへ進む為の挑戦をすること
  • 基本方針、具体策及び実行案に対する疑問や提案を上位マネジメントに対して行なうこと
  • 実行案、方針と現実との乖離がある場合、素早く情報を提供し、代替案を提案することが責任となる

その3          2015/4/20に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします


最近、グローバル企業を中心に全世界の職務階級、つまりポジション、を統一しようという動き起きていて、とても良いことだと思います。 現在の企業活動と人材活用を考えると企業経営は日本人のみならず広く世界中から優秀な人材を登用し、体質強化を図る必要があるからです

しかし、報酬はどうなっているのでしょうか。 私自身は日本企業の経営者に対する報酬は低すぎると思っているわでですが、このようなグローバル統一基準を作り上げていくとどうしても報酬についても、ある程度世界標準に照らした慣行を導入する必要があるようです

一般的にマネジメントレベルが一段階違うと報酬に40%の差があると言われています。 トップが1億円だとすると、次のレベルは6,000万円、3段階目は3,600万円、そして4段階目は2,160万円ということになります。 日本にある本社の会長あるいはCEOから数えると社長クラス、上級役員クラス、中堅役員あるいはトップクラスの執行役員ということになるでしょう。 例えばアメリカやヨーロッパの統括役員が本社の3ないし4段階目ということになると年間報酬で2,000〜4,000万円程度となり、欧米の基準からすると非常に低い水準になるので優秀な人材の確保は困難です。 逆に欧米基準から日本本社の役員報酬を算出するとトップは10億円程度ということになりますので、これが日本の役員報酬は低すぎるという根拠です

いままでは、全世界統一でなかったのでそれぞれの地域で最適と思われる処遇をするということも可能でしたが、世界統一基準を導入すると安い報酬で優秀な人材を雇うのか、日本の基準を高めるのかという選択を迫られることになります。 さらに、評価基準の統一化も必要になりますので、頭で考えるほどこのようなシステムの導入は簡単ではありません

もし、日本の報酬体系をグローバル基準で考えるようになるとかなりのコストアップとなりますので、管理職クラスを中心に大幅な効率化と人員削減は避けられませんので、この面でもハードルは高いと言わざるを得ません。 それでも変革を成し遂げることで将来への期待が大きく増加することは間違いありません。 ひょっとするとこれらが本当の意味でのアベノミクス第3の矢なのかもしれません

今週は少し寄り道をしてしまいましたが、次回は各レベルにおける管理者の責任について纏めてみたいと思います

その2          2015/4/13に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

 

評価は一般的に言って二つの大きな方法があります。

 

一つは絶対評価であって、例えばある事実を知っているかどうか、明治維新は何年ですかと問われれば1868年ですと言うようなもので、全員が正解と言うこともあります。 しかし、基準を何にするかということになると大変難しい課題があります。ここに挙げた例のように明治維新は何年ですかというような具体的な基準がある場合はやさしいのですが、仕事の評価のように基準の設定そのものがむずかしいことが多くあります。

 

他方、相対評価というのは評価の結果がある一定の分布、例えば正規分布になるように全員の評価を分散させると言うものです。この場合は一定の分布を求めるので、必ずしも絶対的な基準が必要になるわけではありません。しかし、仕事の評価の場合、組織の中で構成員が正規分布をする必然性があるわけではありません。

 

以上二つの評価の性質から見て、組織内の評価というのは相対的評価と言うことになりますが、どちらにしても課題が残ります。つまり正解はない状況で評価をするということになりますので、 “何に対しての評価なのか” と言うことが納得性のある形で明示されていなければ不公平感が残る結果になります。

 

正しい評価をするためには、事前に課題が設定され、具体的な目標も設定されていることが必要になります。もし、課題と目標が設定されていて、それらが所属する組織の年間の事業計画と整合性が取れていれば、評価結果が必ずしも正規分布する必要性はありません。組織の構成員の全員が目標を上回った成果をあげた場合、当然のことながら組織の目標も上回っているわけですから、全員に良い評価が与えられても問題は無いはずです。

 

このように考えると、評価制度は事業計画、各個人の目標と連動して考えなければならないことがわかりますが、ほとんどの会社ではそのような仕組みができていません。会社全体の事業計画、各部門ごとの事業計画、そして各個人の行動目標というものが連動性を持っている必要があり、それぞれのレベルの管理者の責任は計画達成のための具体的な目標を設定することになります。

 

次回は各レベルの管理者の責任について考えてみたいと思います。

その1          2015/4/6に掲載

定期的に尖った主張、疑問、提案をお届けします

会社生活40年、独立してから10年、この間に経験したことを踏まえて、また最近身の回りで起きていることを斟酌しながら私なりの考えをお届けしたいと考え、このような形で配信することにいたしました
内容は主に今起きていることを基にその原因を考えた上で、対症療法でない基本的な方向性の提示であったり、根本的な解決策の提案であったりします
明治の開国以来、大正、昭和初期とつながる時期に西洋諸外国にどうしたら追いつけるかという悲願、また東洋の中でどのような存在感を持つべきかという書正論が盛んな時代にいくらか戻るような真っ当な議論の展開を考えています。 戦後の復興期を経て【豊かな時代】になって進取の気性や硬い議論が失われつつあり、人口減少と低成長と相まって活力が失われつつある現代を憂い、多少なりとも元気を回復するような提案ができたらと考えております
 内容的には様々な分野に分散するかもしれませんが、まず最初にビジネスに関連した事柄からスタートしようと考えています。 具体的には
【全ての基本は報酬制度の抜本的な見直し】
というテーマで始めたいと思います
何故かというと、報酬制度が全ての基本になっていて 事業方針、事業計画、評価、管理者の役割、そして組織文化を規定することになるからです。理由は少しづつ述べますが結論から言うと、
もっと経営トップは自らの明確な方針を発信しなさい、
管理職はもっと仕事をしなさい、
担当者はもっとアイデアを出しなさいということになります
先日のハリルホジッチ監督指揮下のサッカー日本代表戦を見ていると同じメンバーでも指揮官の方針で試合内容も変わってしまうことが如実に表れていましたし、監督の身振りも大変わかりやすく選手も方向を理解しやすいのではないかと見受けられました。 企業でもこのようにわかりやすい指示と表現ができているのでしょうか

次回以降、少し具体的な提案をしてみたいと思います

その2          2015/4/13に掲載