その300        2021/3/8に掲載

日本人の繊細な感情はどこへ行ったのか?

今日のニュースを聞いていて、びっくりすると共に情けなくなりました

そのニュースとは辺野古の埋め立てに南部海岸の土砂を使うということですが、何と

その海岸は沖縄戦の激戦地の一つでいまだに遺骨が回収されるところで、すぐ近く

には魂魄の塔があるそうです


あまりに無神経、沖縄の人々の感情を理解しない工事に呆れてしまいました

辺野古の新米軍基地の造成ですから今は使われていない本島北部の米軍管理地の

土砂を使えば良いと考えます

 

もちろん、土質だとか条件はあるのでしょうし、不発弾が残っている可能性もある

のですが将来返還された時にはいずれ不発弾処理が必要ですから、この際それらを

考えて多少時間がかかったり費用がかかったとしてもこのような提案は受け入れられ

易いのではないでしょうか

 

これだけが解決策ではありませんが、技術的な困難さがあるにしても少なくとも

最初の発想として激戦地の土砂を掘り返すのではなく「沖縄の人に寄り添う」提案が

できなかったのかと考えると、政府関係者の無神経さと「口だけの約束」の浅薄さ

が見えてきます


このような口だけ、いかにも皆さんのためと言いながら実際は何も考えていない

不誠実が政治不振に繋がっています


世の中にはできることとできないことがありますし、難しい判断に迫られることは

多々あるわけですがその基本に何があるのかが重要です

全員が賛成することはあり得ないことなので、どうして、メリット/デメリットの

比較その結果としての論理的結論を示した上でなるべく多くの人の理解を得ると

いうのが民主主義の基本となります


このようなプロセスができない政府には他国の理不尽な強権発動を批判する権利が

ありません

 

それだからミャンマーや香港で起きていることに日本政府は何も言わないのでしょう

 

悲しいことです 

その299        2021/3/1に掲載

株高 投信 ETF買い

アメリカは401K制度で投信を通じ間接的に多くの個人が株を所有するので株価と

個人所得と経済活動は連動しています


日本でも401Kまがいの制度はありますが小規模で企業の導入も限定的,しかも

使用制限が厳しく原則的に退職時にしか使えません

 

元々退職金制度が整備されておらず、しかも30年、40年という長期在職が少ない

アメリカで退職金を補完するように制度ができました。非課税で拠出し社外で

積み立てて運用しますので会社が変わっても継続でき最終的に引退した時に引き出す

と年収が低いために税率が低くて済みます。ある意味で節税対策ということです

またアメリカでは中途での一部解約が認められるので

 

株高->増加資金で家の増改築->それを担保に借入->手許資金の増加

 

というプラスの循環が出現しますので株価は多くの人にとって重要になります

 

日本では退職金は引当金として社内で積み立て独立して運用することはありません

のでこのような循環にならず株高が実体経済に影響することは少なく外国人株主の

保有比率が3割を超えることを考えると日本の株高は外国人の資産増加に寄与して

いますが国民に対しては影響が少ないことになっています

 

金融緩和と日銀のETF買いが値上がりの原因だとすると税金で外国人の資産を増や

しているという皮肉な実態と,それに気づかない政府という構図が見えてしまいます


貯金から投資へという掛け声だけで仕組みを変えないのであれば何も変わりません

財務省は非課税での積み立てで税収が減少することを嫌い日本版401Kの限度額を

非常に低い水準に抑えているので個人にとっては退職金がわりにはなっていません

 

もしこのような仕組みを変更すれば企業内に積み立てられた退職引当金が市場に出

また退職金制度の恩恵にあずかれない非正規社員にとってもメリットのある制度に

なります

 

財務省にとっても運用益には課税できるわけですから投資規模が膨らめばそれなりの

税収があり、このようにして初めて株高が個人にとってもメリットになるのです

 

規制緩和、デジタル化などなど掛け声は華やかですが、何かを根本的に変革した

ければ仕組みそのものを変更しないと何も変わりません

 

そもそも規制緩和という言葉自体が規制ありきという発想ですから目に見えて

おかしな規制のみが少し緩和されるだけで、本当にやりたいのなら完全規制撤廃

した上で悪影響のある場面にのみ最低限の規制を新たに作るという発想が必要です

毎年様々な法律ができますがほとんど撤廃はありませんので将来的には規制だらけ

になってしまいます

 

最後に前々回の森会長の発言全文を参考にご紹介します=>こちらをクリック

その298        2021/2/22に掲載

報道の自由とその背景にあるもの

高校時代に英語の受験勉強としてNew York Timesの日曜版を毎週読んで長文読解の

一助にしようとしていた時代がありました

 

発行人でもあったSultzberger Sr.J.Restonが一面のコラムを書いており、難解で

長文の記事に悩まされていたのですが、一つだけ今でも覚えている驚くような記事が

ありました

 

Timesの一面にベトナムで生首をかざす米軍兵士写真があったのです


ベトナム戦争が泥沼化しベトコンのゲリラに手こずっていた1960年代後半の記事で

正確な内容は覚えていませんが、写真のような行為やベトコンの死体から耳を切り

取り収集している兵士がいるというような内容で無意味な戦争で米軍兵士の心が

苛まれているという反戦記事だったように記憶しています


同時に日本の新聞ではこのような記事やまして写真は出ないだろうと感じました

ベトナム戦争ではR.Capaの撮った裸で道路を歩くベトナム人少女の写真が有名

ですが報道の自由とは主義主張が背景にあって初めて許されるものだということを

強く思った次第です

 

最近の日本で言われる報道の自由にはこのような信念があるのでしょうか

官邸や省庁の記者クラブで配布される発表文をほとんどそのまま掲載するだけで

独自の調査や視点、真実に迫る論理的主張のない記事を書きながら一方で報道の

自由を振りかざすことに違和感を覚えます

 

卑近な例を一つ


菅内閣になってから話題になる携帯電話料金です

楽天モバイルが他社より安い料金を発表したとして、比較表を乗せていました

それによると20Gまでの料金が突出して安く、それより小容量の価格は20G料金より

最大で2倍も高いのです

しかし、報道ではどこにも価格の逆転現象や20Gの価格のみ安く、他は高いとか

なぜ歪な価格体型になっているのかという深掘りした説明や疑問はありません

話題になったことを発表文のまま記事にするのではなく、各社それぞれの主張や

疑問、深掘り、参考文献や事例があって初めて報道の自由が主張できるのでは

ないでしょうか


テレビも新聞もワイドショー化してしまい情けない限りです

その297        2021/2/15に掲載

内からの眼、外からの眼

今回のオリンピック組織委員会長の失言?についてあれこれコメントがありますが

本質は多くの日本人の物の見方にあります

つまり失言ではなく、本音であったということですが一部のコメンテーターかからも

同じような指摘が出ています

 

振り返って明治初期の鹿鳴館時代を考えてみましょう


当時の明治政府は議会で選任された内閣ではなくいわゆる革命政府でした

そして最大の目的は日本を近代国家にし植民地化を防ぐ、そのために少なくとも

外形的には欧米諸国並みの身づくろいが必要でしたし、不平等条約の改定のためにも

欧米諸国から同列に近い国家だという認識を得ることが喫緊の課題でした

 

そのための施策の一つが鹿鳴館であり、洋装でのダンスパーティーでした

人材も陸奥宗光をはじめとした英語に堪能な人物を活用し二十数年で何とか初期の

目的は達成したのですが、残念ながら日本人の思考方法そのものを論理的、合理的

なものへ変えることはできず却って全体主義的な上位下達的な体質になってしまい

ました


急速な変革、軍備増強のためにはもっと効率的な方策だったからです


戦後の近代化の過程でもこの体質に変化は無く、戦後の復興のためには上位下達が

最も効率的だったこともあります

 

この延長線上にあるのが今回の問題です


新聞報道によれば懇談会での森会長の話は約40分、一時間の会議であれば事務的な

話を覗くとほとんどの時間、二時間の会議であっても三分の一以上をとり、女性理事

の話は長いという以上に問題があります

懇談会であれば広く多くの人から意見を聞く機会の筈ですがそうとは見えません

このような分析を含めた報道やコメントもなく、単に女性蔑視発言だと矮小化する

こと自体、報道機関にも本質を見抜く力がないということで社会全体に蔓延る

自由な意見陳述を避ける、避けさせるという課題に対する認識が甘過ぎます


次期会長選任の過程でも、選考委員の名前は公表されず、議事録もないのでしょう

これではとても透明性のある選考とは言えません

 

思い返せば、招致のスローガンの一つが「コンパクトなオリンピック」だったのに

開催費用、施設の新設、開催種目の拡大等既に招致のスローガンから大きく外れて

います

 

大きな代償を払ってもオリンピック開催を返上し、本質的に何が悪かったのかを

冷静に反省し、判断すべき時です

その296        2021/2/8に掲載

そろそろ宴会政治からの脱却を

国会議員の夜の会食が話題になっていますが、二階幹事長によると遊んでいる訳

ではない、いろいろな打ち合わせをしているので単に会食にだけ的を絞った批判は

必ずしも適切ではないと釈明していましたが、真面目な話ならどこかの部屋でも

十分できる筈です

 

昔から料亭政治と呼ばれ、赤坂界隈の黒塀のある高級料亭が有名でしたが、さすがに

批判もあって無くなったもののやはり高級レストランや銀座の高級クラブが舞台に

なっているようです

料亭からレストランやクラブに「近代化」したのでしょうが、中身は相変わらずの

ようです

 

「腹芸」「阿吽の呼吸」「フィクサーの介在」が主で「国会論戦」は茶番になって

いるとしたら壮大な田舎芝居を見ているような感じです

 

そのためか「国会論戦」はとても議論というレベルになく抽象的情緒的で「今後は

しっかりやります」という答弁とそれに対し具体策や論理矛盾を突けない情けない

茶番になっているのは、裏で決まったことを是認しているからでしょう

 

日本でもトランプが出てきて本当のことをバラしてしまったら同じように熱狂的な

指示があるのかもしれませんし、それはヒットラーが政権を取った時のような背景

と同じことなのかもしれません

 

先日の森組織委員会会長の発言も会議では意見を言うなと言うことでしょうから

同じ体質だということです

 

「長い話は迷惑と言っているご本人が1時間の会議の冒頭で40分のご挨拶」程度の

ウィットに富んだ記事を書く記者がいないのは残念、2時間の会議でも1/3

1時間半の会議ならほぼ半分をご本人が話をしているのに、長い話ではないのか?

 

事実に基づく報道をきちっとした検証と数字で裏付けを取りしかし記事はウィットで

飾りつける、イギリス人ならこの程度のことを書くでしょう

 

私の現役時代には「意見を言わないなら会議に出るな」と言っていましたが、それは

民主主義の基本は議論を戦わせることでローマ帝国の時代から変わっていないから

です

 

そのローマでも帝政になって議論がなくなり皇帝礼賛の熱気の中で次第に活力が

失われ、崩壊したのは歴史が示すところです

 

「ローマは一日にしてならず」されど「崩壊は瞬時」と言うことを肝に命じておくべ

きです

その295        2021/2/1に掲載

BLM、トランプ、階級社会

何週間も考えた末BLM(Black Lives Matter)の日本語は「黒人も同じ人間だ」という

のが適切ではないかと結論付けました

 

日本では考えられませんが多くのアメリカ人(特に白人)にとって黒人や

ヒスパニックそしてアジア系も自分達と同列の階級に属する人間とは考えていません

考えていないというより生まれた時からの環境で刷り込まれているといっても良いで

しょう。自由・平等がアメリカの基本だと考えられているでしょうが、そもそも

イギリスで宗教的に迫害されていた人たちが「自由に」自分達の宗教を実践できる

ようにと海を渡って困難に打ち勝ち社会を築いてきたのです

 

国ができてから「自由」を求めて流入したイタリー系などは差別され、奴隷として

連れてこられた黒人も解放された後も同一レベルの人間だという認識は薄いのです

ですから変革には社会の意識とともに各個人の意識改革が必要でそれをBLMが示して

いるのです

 

ヨーロッパには今でも厳然とした貴族社会が存在します。彼らから見ると平民は

二級国民なのです


従って貴族の女性は平民の前で裸になるのは恥ずかしいことではないという感覚を

もっています。動物の前で裸になるのと同じ感覚と言っても良いでしょう

 

日本にはこのような階級社会はないと考えると理解を超えることですが、冷静に

分析すると日本でも似たようなことがあります


第二次対戦前の日本の植民地では日本人と現地人は国籍は同じでも一級国民

二級国民という差別があり、今でも正規社員と非正規社員というところに同根の

意識があります


もう一つ卑近な例を出すと技能実習生制度です。 最大5年間滞在できますが、この

資格では家族の帯同を認めていません

最近では海外駐在員でも家族帯同での一時帰国は毎年、少なくとも2年に一回程度は

認められているのに5年間も家族に会えないというのは非人道的ですが、非難する声

は大きくありません。根っこには同一の人間として捉えていない差別意識があります


トランプは無意識にこのような感覚を持つ白人層に訴えることで今でもかなりの

支持を維持しています

 

生まれた時の社会のあり方は自然に身についてしまいますので、変革には信念と

大きなエネルギーが必要で人類はこのような困難を何度も乗り越えて進歩を遂げて

きました

 

これからもみんなで意識して変革を成し遂げればより良い社会が生まれることは

間違いありません

その294        2021/1/25に掲載

マスクで表情が消える?

いつでも何処でもマスク着用になってきたのは最近の状況を考えると当然のこと

ですが、常時マスクをつけていると顔の表情筋が衰えてマスクを外しても表情が

作れなくなる恐れがあるという医者のコメントがありました

 

表情筋というものがあるのを初めて知りましたが確かに大きなマスクをかけていると

表情を示す機会はほとんどない上に相手の認識がしにくくなります

 

会議もリモートで、面談もリモートでという傾向が強くなっていますが、リモート

の場合、ほとんどの場合顔しか映りませんのでボディーランゲッジを使わなく

なります

 

イタリア人が話をするときに普段から大袈裟な動作を交えるようにボディー

ランゲッジは大切な要素ですし、大袈裟な動作の少ない日本人でも手の動きなどは

あります

 

しかしリモートになるとこのような部分が見えない上に顔の表情も少なくなって

しまうと更に情報量が少なくなってしまい、結果的に発せられた言葉に全ての

情報を頼るようになります


かつて多くの面接に関わった経験からすると、言葉だけでは判断を誤ったり会話が

過激になったり逆に遠慮が働きツッコミが甘くなる可能性が高くなります


短期的な対応としてマスクは必須ですが、長期的に表情筋の動きが少なくなったり

言葉以外での表現が少なくなってくると長期的にはコミュニケーションに大きな

障害が出てくるのではないかという危惧を抱きます

 

かつて海外で英語のスピーチをする場合、どうしても文法や発音を気にして事前

練習をすることが多いのですが家で一人で練習すると体全体や表情まで練習すること

が難しくなります、特に家族の前では恥ずかしさと聞く手も面倒なため練習に

なりません

 

こんな時あるアドバイザーに飼っている犬や猫を前にして練習しなさいと言われた

ことがあります

飼い犬や飼い猫が逃げ出したり寝てしまわないように表情や動作を工夫し、熱意が

伝わるようにすると自信がつきますということでした

 

個人的には将来的にもリモートが中心の世界にならないことを望みますが、表情を

鍛える訓練は必要になりますしとても重要です

その293        2021/1/18に掲載

唐鳳・デジタル担当政務委員

ある雑誌にコロナ対策で有名になった唐鳳(オードリー・タン)さんの記事が

ありましたが、いろいろと考えさせられる内容でした

いくつかのポイントを紹介します

 

民主主義について


私たちには、民主主義とは(民進党と国民党という)2大政党の争いではなく多くの

価値観を持つ人々が対話していくことだという考え方があったのです

 

現状の日本に当てはめると(与党と野党)の争いもなく、価値観をぶつけ合う場も

ないという状況です

 

メディアリテラシーについて


台湾では学校教育で取り組んでいます。教員が小学1年生に対しても、一つの

答案だけを覚えさせるのでなく、自分の考えを持つように促し、同級生と討論

させるのです

子供たちは教員の示す標準的な答えが必ずしも完全ではないと考え、自分で判断

するようになります。これを中学卒業まで続けています

 

日本の教育は依然としてマルバツ、つまり正解は一つという前提で全てが成り立って

いますので自分の考えをもったり、それを主張したりする訓練ができていません

国際機関で活躍する日本人が少ないのもこのような背景があります

 

ジェネレーションギャップについて


若年層と高齢層誰もが使えるパブリック・アクセスのためのフリーソフト

ウェアを開発し、台湾はインターネットで国民を監視するのではなく

インターネットに政府を監督する役割を求める開かれた社会を築いている

 

マイナンバー制度の普及が進まないように日本では上から目線の制度が

多くなっています

 

そしてこれらを総括してタンさんは国民が政府を信頼しているからこれらが

可能になった、コロナ対策についても個人情報を吸い上げる形で対策を実施

したが信頼感があったのでうまく機能したと述べています


最近の世論調査などを見ても現在の日本では政府に対する信頼感がほとんど

無いため同じような政策を提案しても機能しません

 

直近の緊急事態宣言の反応が如実に表しています

 

今年行われる総選挙では信頼できる人に投票しましょう

その292        2021/1/11に掲載

2021年を展望する

残念ながら2020年はコロナに振り回された年になりましたが、依然として収束の

兆しは見えません

 

数種類のワクチンが試験的に使用され先が見えたように考えがちですが世界全体に

接種が広まるのは一年以上かかりますので、普段の生活が安心して過ごせ、気楽に

旅行ができるようになるのは早くても2022年ごろでしょう

 

直近ではワクチン接種が始まった途端に安心感から却って感染が広まるかもしれ

ませんし、それ以上に心配なのはコロナ関連で支出された莫大な財政負担を

どうやって埋め合わせるかです

 

これだけ落ち込んだ経済では増税をするわけにもゆかず、かといって財政赤字を

ほったらかす訳にはゆきません

 

基軸通貨であるドルの発行元のアメリカや急速に拡大している中国元の発行元

である中国は紙幣をすれば取り敢えずの対策はできますが、それ以外の国は

何らかの手段を講じる必要があり、またアメリカや中国も自国通貨安というリスク

を背負います

 

日本の場合は30年前から産業構造の革新が必要だったにも拘わらず有効な政策が

実行されなかったので二重の負担を強いられることになりますが、コロナにかまけて

この一年何も議論もされずあたかも課題がなかったかのように思われています

 

一方で地球環境や世界的なデジタル化の流れは目の前にある訳ですから思い切った

発想の転換が求められます


「やらない勇気」を持つのも発想の転換です

 

コロナ感染を恐れず出かけたり会合を持つのは一見勇気のある態度と見られ

がちですがそれらをやらない勇気を持つべきです

本人のためでなく、家族,祖父母を守るために友達と会わない勇気を持てる

のが本当の勇気です

 

エピソードを一つ、平成13年夏場所 貴乃花対武蔵丸の千秋楽


右膝怪我の貴乃花が本割りであっさりと負けたものの、決定戦に勝ち優勝

殆どの人がその気力を賞賛しましたが、私はそう考えません

 

本割も不戦敗,決定戦も欠場で優勝できなければもっと賞賛された筈です


武蔵丸としては全力で対戦し怪我を悪化させ貴乃花の相撲人生を終わらせる

ようなことが有れば大変と考えればまともな相撲は取れません

 

貴乃花はスポーツマンシップに欠け,出ない勇気を持てなかったのです

 

今は出る勇気を称賛するより出ない勇気を称賛すべき時です

その291        2021/1/4に掲載

明けましておめでとうございます:言葉の重みについて

先日BBCのインタビュー番組でオバマ元大統領の話を聞く機会がありました

結論から言うと、インタビューアーの質問も適切で感情的なところがなくまた

その回答も一語一語考えながら筋道の通った回答で約20分の番組でしたが大変

聞き応えがありました

 

質問の趣旨は回想録に沿って何が重要で、何を考え、そして今何が大切かという

ようなことでしたが言葉の選び方、論理の進め方に一貫性があり厳しく指摘する

ところはしっかりと批判し、主張すべきことはその考え方の底にある事実から

とき起こして説得するような口調でじっくりと聞くことができました

 

番組終了後の感想としてこのようなインタビュー番組は日本のテレビ局では

見たことがないことに気付き、かつ残念な気持ちになりました


ちょうど安倍元首相のいわゆる会見のあとだったためにより一層そのような感想を

もったのかもしれません

 

あらためて日本の現状を意識することになりました

 

混乱の2020年が明け新しい年になりましたので年初のコメントを二つ


一つは、若者の外出が減らない原因の一つとしてTVを見ないのでメッセージが

伝わらないと言うコメントがありました。デジタル化を推進している政府は他国の

首脳のようにTwitterで呼び掛ければ効果があるかもしれませんがそのような話は

伝わってきません

これがデジタル化政策の本質で特定産業育成策という側面が大きいと感じられます

 

二つ目は,今日の日経新聞に経済学者の宇沢弘文教授の記事がありました

経済学の新しい役割を社会との接点で求めるべきという主張をした教授で1968年に

シカゴ大の教授から突然東大に戻った当時42歳のノーベル賞候補ともいわれた

人ですが、その東大復帰後の最初の授業を受けた時の驚きを思い出しました

数理経済の授業でしたが登壇し「日本での授業は初めてで、やり方がわかりません

がシカゴ大での授業と同じにやります」と言っていきなり黒板に参考文献

(もちろん英語)を羅列し授業を始めました

次回までにこれらの参考文献を買い、熟読し、質問があれば授業でという暗黙の

前提でした

30名ほどの受講者が徐々に減り最後は15名ほどになったのを覚えていますが

とても新鮮でした

 

最初の話題を含めて日本の現状を意識した新年になりました