その61         2016/6/27に掲載

18歳を子供扱いしない

7月の参院選を控え18歳への選挙権の引き下げに伴う活動が報道されていますが、

ほとんどがどうやって投票するかという

How to Vote

についてです。 これまでも20歳になった人たちは同じように初めて投票するに

してもこのような活動はありませんでしたので、18歳はまだ判断力のない人という

感覚があるのでしょうか。 それならば何故選挙年齢を引き下げたのでしょうか

社会全体として取り組まなければならないのは

How to Decide,  How to Choose

でしょう。 この課題は小学校から取り組んでも良いのではないかと考えています

一つの例を出します

AとBの皿のどちらかを選んでください、しかしどちらを選択しても皿の上の食べ物

は全て食べることが条件です


Aの皿:ショートケーキ、トンカツ、イカ刺し、饅頭、スイカ

Bの皿:スパゲッティ、カレー、トロの握り、団子、さくらんぼ


Xさんはショートケーキとカレーが大好きですがイカ刺しは食べられません

Yさんはトロの握りが大好物ですがトンカツや饅頭も好きです。 でも果物はスイカよりさくらんぼが好きです

さて、Xさん、Yさんはどちらの皿を選べばよいのでしょうか


* 食べられないものがあればそちらのない皿を選ぶ

* 両方の皿に食べられないものがあれば今回は辞退する(選挙で言えば棄権)

* 一番好きなものに注目

* 好きなものに順番をつけて総合点の高い方を選ぶ


正解はありませんが思考方法は幾つかありますのでそれらを教えることはできます

選挙も同様で、どうやって選ぶのかが大切でどうやって投票するかは問題では

ありません

日本の教育で欠けているのはこのような考え方ではないでしょうか

最近の不祥事を見ていると大人の選択眼が問われています

その60         2016/6/20に掲載

翻訳の難しさ

開国前夜の幕末から明治の初期にかけてそれまでのオランダ語から英語や仏語が

一斉に入り始めましたが、ほとんどの言葉が日本語に訳された結果、一般庶民も

外国の知識や仕組みを知る機会が急激に増え、元々あった教育水準の高さと

相まって、近代化の強力な助けになったことは異論のないところです

1945年を境に今度はアメリカから様々な知識や考え方が導入されましたが、一つ

明治初年との違いは翻訳です

万国民法から野球に至るまで単なる直訳ではなく意訳で、しかも言葉の持つ本来の

ニュアンスもなるべく伝えられるような工夫がされ、翻訳者の熱意と真摯な態度が

見えるようなものでした。しかし戦後の翻訳には残念ながらこのような工夫が

少ないように思えます

最近よく聞かれる言葉の例を挙げてみます

Integrity:誠実さ

Compliance:法令遵守

Accountability:説明責任

となりますが言葉の持つ背景まで伝わっているのでしょうか

Integrityはむしろ:言行一致とか武士に二言は無いくらいの強い決意が必要です

Complianceは社会規範の遵守というように単に法律を守る以上の二ュアンスがあり

Accountabilityは責任所在の明確化であって単に説明をするだけでは無いのです

いずれの言葉にもその背景には“神の存在”があるのでは無いでしょうか

つまり人としての神との契約に基づき正しいことをしていますかという問いに対する

回答になっています。 契約の概念は人と人との契約ではなく、神と人との契約

という概念ですから誰も見ていないところでも神との契約を守ることは生死と

同じぐらいの重みがありますが、一神教でない日本の場合理解しにくい概念でも

あります

儒教に基づく概念に置き換えた方がわかりやすいかもしれません

武士の身の処し方にも一脈通じたところがあるように思います

最近は企業経営者も政治家も“武士に二言はないといって腹を斬るような”

肝の据わった人が少なくなったのは寂しい限りです


その59         2016/6/13に掲載

天上がりの勧め

最近あまり聞かれなくなりましたが、“天下り”という言葉があり、官から民への

ときとして不透明な人の流れという感覚がありました。 ある時から官民の癒着の

温床として厳しく制限がかかり新聞等でも見られなくなった表現ですが、実態は

ほとんど変わっていません

今回提案するのは“天上がり”です

理油は次の三つです

1.官の仕事は重要ですが変化が遅いので、民間の動きをより早く反映させるため

2.民間の高い生産性を官にも導入するため

3.適材適所を国全体で行い、入省時の公務員試験の成績で将来が決まってしまう

  という明治時代からの旧弊を改革するため

民と官の相互交流で情報と考え方のスムーズな流れを、同時に官に民の高い生産性

を導入するのが主たる目的となりますが、構造改革や規制の撤廃には大きな力と

なるでしょう。 なぜならば、そのような改革を望む当事者が官の立場から

政策立案することになりますので市場の活性化が期待できます

現在、インフレ率が高まらず、また低金利でも資金需要は大きくならず、鍋底の

ような状態が20年も継続していますがなぜでしょうか。 最大の原因は誰も将来の

夢を見られないからです

人は将来に期待が持てる時に投資をし生産性が高まりますし子供が増えるのも投資の

一環ですから、このような時には出生率も高くなります。 保育所の充実が課題

なのではなく“将来の夢をいかにして与えるか”ということが重要なのです

場合によっては“金利を上げる”ことで将来への希望を抱くかもしれません

低金利政策はこれから厳しい時がしばらく続くというサインですから、希望は

持ちにくいしもう少し待てばもっと金利も価格も下がるのではないかという

期待感で消費マインドは高まらないのです

その58         2016/6/6に掲載

恥の文化はどこに

2020年の東京オリンピックが決まると同時に突然 “おもてなし” が話題になって

いますが、その他にも “謙遜” や “つつましさ” そして “潔さ” ということも

あります。 共通しているのは自分を強く押し出さないということでいわゆる

“Greedy” な態度は嫌われてきたのですが、最近は随分と変化したようです

経営者も政治家も何かあると決まり文句のように “皆様にご心配とご迷惑を

おかけして申し訳ありません” とは言うものの責任を取りません

不祥事でも事故の場合でもしっかりと原因を究明し責任を取ってもらいたいと

願っていますが、心配はしていません。心配なのは身分が危うくなる本人でしょう

集団訴訟の可能性も少なく、莫大な損害賠償(Punitive Damage)を求められる

機会が少ない日本では心配しなくても良いのかもしれませんが、定型句のように

発言し本音が全く感じられません

恥の文化が本当に良いのかどうかはわかりませんが、武士の潔さ、自己責任がある

からこそ成り立っていた文化がなくなってしまうと、ギスギスした社会にならざるを

得ません。 複雑でますます加速する国際化の中でこのような文化を残すことは

難しいことですが、それだからこそ“ソフトパワー” を発揮できるのだと考えて

います

人口も減少し、GDPの大きさでの勝負ができなくなるこれからの世の中で日本の

存在感を示すのはやはりソフトパワーだと思います

スイスが永世中立を標榜し、多くの国際機関を置き、また観光立国として存在

していますが、もともとは強力な傭兵を派遣し今でもバチカンの傭兵はスイスから、

そして、自衛のための軍隊を保持しています。 しかしイメージとしては

“平和国家スイス” です。

太平洋の両岸の強力な国に挟まれた日本が存在価値を高めるのはこのような

ソフトパワーしかないと思いますが、今は少し違う道を歩んでいるように思います

清廉潔白、謙譲の美徳を磨こうではありませんか

その57         2016/5/23に掲載

ボーナスが日本を貧乏にし、定年が活力を奪っている

金のかからない経済対策の話を前にもしましたが、少し違う角度から見てみます

ボーナスと定年制度は常識として議論の俎上に上ることはほとんどありませんし、

新聞報道によれば夏のボーナス支給額は中間集計段階ですが前年比約2%の増加と

なっていて所得の増加に貢献しています。 しかし敢えてその廃止を提案したいと

思います

何故か?

ほとんどの会社でボーナスの支給基準は固定分◯◯ヶ月+△△ヶ月という計算式で

成り立っていますので、実は固定分は給与の後払いと同じことです。 労働基準法を

厳密に解釈すれば給与の後払いは違法です。 そのこと以上に考慮しなければ

ならないのはこのような支払い形態のため支出のパターンが“いびつ”になっている

ことです。 ボーナスの固定分が毎月均等に支給されていれば普段の可処分所得が

増加して生活水準を上げることができます。 また、一時金として高額支給がある

ために年収と比較して高額商品や支出がされやすくなっています、 所得水準と

比較して高級車や高額な旅行支出があるのは他の国では見られない現象です

ボーナスの固定分を毎月支給し、食品価格を引き下げれば(エンゲル係数が下がり)

実感としての生活はずっと楽になります。 政府の仕事は食品価格を下げることです

もう一つの不思議は定年、特に役職定年です

一定の年齢になると急に仕事ができなくなる、あるいは判断力が大幅に低下して

しまうのでしょうか。 役員になると役職定年を過ぎても仕事をしていますし、

相談役や名誉XXという肩書きで八十歳になっても会社に来ているケースも珍しく

ありません。 これは一体なんなのでしょうか

人手が不足していた時代、あるいは組織が毎年成長していた時代の名残で、現代の

ように成長が見込めない時代になっても“将来のために”徐々に給与が上がる制度を

採用しているからです。 労働人口が減少しているので経済成長のためには

生産性を向上させる必要がありますが多くの人を抱えていては一人当たりの生産性

は向上しません。 労働賃金が仕事内容に従って評価されるのであれば役職定年も

定年もありませんが、同時に定年前に賃金が上がらない人もいなければなりません

定年を廃止することで、本当の意味での実力勝負ができるわけで現在よりはるかに

厳しい社会になりますが、グローバルな競争をするのであれば避けて通るわけには

いきません

あるいは江戸時代のように鎖国に戻るのでしょうか

その56         2016/5/16に掲載

タガが緩んでしまった?

最近の新聞事例を見ていると、日本人の行動や思考、規律などが緩んでしまって

いるのではないかと心配になります。 謹厳実直、不言実行、まじめでコツコツ、

念には念を入れてというように派手さはないが確実さの上に築いてきた品質と正直

さを売り物にして世界に誇ってきたのですが最近の事例はそれらが崩れてきている

ように見受けられます

  • JAXAの打ち上げた衛星の姿勢制御の失敗は制御修正プログラムのミス
  • 山手線の乗務員が勤務中に居眠り
  • 三菱重工の豪華客船の完成が1年も遅れ巨額の赤字を計上
  • 東京オリンピックの施設整備費が開催招致時の金額の数倍に
  • 三菱自動車で燃費性能の虚偽申告を10年以上も継続

まさに“タガ”が緩んだ状態です

実は合計特殊出生率の減少と関係があるのではないかと考えています

昔から開発途上国で衛生状態と食料事情が良くなると人口の爆発があるということが

言われていますが、実は人口の急増は環境が改善される前に起きているのです

つまり、将来の生活が良くなるという希望があると、人口が増加するのです

人間は知能が発達しているので、生活環境が良くなると予想されると安心して

子供の数を増やすということのようです。 経済発展に伴い出生率が減少するのは、

ある程度の水準になるとこれ以上の改善が見込めないと判断するからでしょう

一人っ子政策を中止した中国でも既にこの段階に達して政策を変更しても子供の数は

増加しないと見込まれています

さて、最初のテーマに戻ると、日本では高度成長期以降、更なる発展が見通しにくく

なり出生率が下がるとともに気概も失われ、例に挙げたような状態が現われている

と考えられます

“坂の上の雲”の時代ではないですが、高い理想を掲げる社会風土を築くことが

大事です。 “アメリカンドリーム”のような機会平等の環境づくりが求められます

その55         2016/5/9に掲載

バゲットが短くなった

久しぶりに近所のパン屋さんでバゲットを買ったら前より短くなっていることに

気がつきました。 値段は同じですがパンを入れる袋に余裕ができていてどう

考えても短くなったとしか考えられません。 そこで気になったのですがインフレ率

の計算はどうやっているのだろうかと。 ビスケットのサイズが小さくなったり

ソーセージの袋の中の本数が少なくなっていますが値段は同じです

100グラム当たりの値段で計算すれば値上げですがこのように値段が同じで内容量

が少なくなっている場合、単位当たりコストで計算しているのかそれとも一袋当たり

で計算しているのか気なり始めました。 実質価値を計測するなら単位当たりコスト

で計算すべきですし、そうすれば最近の傾向はデフレではなくインフレ気味になって

いるのではないでしょうか

しかし生鮮食料品はインフレでは除外されているし、大量生産される工業品では

このような身の丈を縮める技は発揮できないから心配することはないのかもしれ

ません、一回り小さい自動車では乗れませんものね

何れにしても大事なことはコストが同じで得られる対価が少なくなっているという

事実を認識しないと知らず知らずのうちに経済活動が矮小化されてしまっている

ということです

外見にとらわれず必要なものには対価を払うという意識を持たないとグローバル

な競争に取り残されてしまい、ここにもガラパゴス現象が起きているのではないか

という危惧があります。 もう一つ気になるのは“サービスはタダ”ということです

サービスという無形の価値に対価を払うのかどうかという感覚が日本と世界では

大きく違います。 無形のモノの価値を測るのは難しい面もありますが、これから

第三次産業(サービス業)の重要性が増す中で新しい産業を生み出すためにも

サービスへの対価を考慮する必要性は高くなってきています

目に見えないものに正当な評価を与えないで、結局生産者も消費者も萎縮して

しまい矮小化した世界に閉じこもっているという気がしているのは私一人なの

でしょうか

堂々と主張し、その是非を議論する世の中にしたいものです

その54         2016/5/2に掲載

“ハンコ”の数はいくつですか

組織が大きくなると承認印の数が増えてくるのは普通見られるところですけれども、

“ハンコ”の数が多くなるほど責任がかえって曖昧になります

権限移譲がしっかりとできていて決裁規程が定められ、予算管理ができているので

あれば、承認印は3つで十分ですしそれより多い場合は権限委譲のプロセスの

どこかで課題があると考えられます

ハンコ”の数が多い典型は官公庁ですが責任も曖昧になり、また時間もかかり非常

に非効率なことはみなさんご存知の通りです。 官公庁職員の勤勉さや業務遂行

能力の問題というよりも仕組みに問題があるのでしょう。 翻って考えると

このような仕組みの元は江戸時代にまで遡り、中世の戦国時代から太平の世の中に

なり何よりも安定が求められ、しかも諸国大名の割拠する中での統治形態として

最適な形を追求した結果かもしれません

時代は下り、変化のスピードが速くなり、また対外的な繋がりが強くなってきた

現代においては必ずしも最適な統治形態ではないと思います。 まして常に競争に

さらされる企業内統治のあり方としては課題が多いと考えざるを得ません

私が関わっている内部監査の世界でも業務の効率性や有効性の監査という

アドバイザリー機能も増えていますが、“ハンコ”の数を監査対象とするという話は

聞いたことがありません。 このような観点から組織の効率性や有効性を見るのも

一つのアイデアではないでしょうか

その53         2016/4/25に掲載

情報は上がってくるもの?

M自動車でまたまた不正問題が発生しましたが、今回も『トップに情報が上がって

こなかったために対処ができずに』というようは報道がありました。 重要な情報

が適時、適切な関係者に発信されていれば適切な措置がとられていたことと思い

ますが、果たして情報は上がってくるものでしょうか

やはり情報は取りに行くものだと思います。 そのためには情報を取るための

テクニックや知識が必要になりますので、トップに情報を収集しようとする意思と

ノウハウがあったのかどうかが根本的な課題ではないでしょうか

どんな組織でも、またどんな人でも都合の悪いことは知らせたくない、知られたく

ないという心理が働くものですから『問題を隠すのではなく、ある程度の解決策

を見つけてから報告しよう』という心理が働くのは珍しいことではありません

しかし、現実は理想的にはならないことが多く、『解決策が見つからない』

『関係者が膨らんでしまいコントロールできなくなる』ことは起こりうること

です。 こうなってしまうと事態は既に最初の当事者の手を離れ関係者全員の

利害が絡み簡単に公表できなくなってしまうのです

このように考えると、情報の隠蔽あるいはそれに近いことが起こるのは組織全体の

あり方に問題があり、単に当事者の個人的な資質や判断力を離れているのでは

ないかと考えられます。 組織内の問題点は最適な質問をしなければ必要な情報も

得られませんので経営トップがそのような努力をしているのかどうかが最大の

ポイントだと思います。 報道各社の論調も『情報が上がってこなかった』という

言い方ですが、やはりここは『情報を吸い上げる力が弱かった』とすべきでしょう

その52         2016/4/19に掲載

経済とは不均衡だ

格差の問題が日本のみならず欧米でも盛んに議論されています

前にも書きましたが、再度この問題を取り上げて見たいと思います。 そもそも

格差とは何かということになりますが、一般的には経済格差と言われていて、その

原因として家庭単位の収入や学歴が取り上げられています。 『格差』という

言葉には『その状態が継続的に発生する』というニュアンスが含まれます、つまり

身分と近い感覚で語られることが多いと思います。 しかし格差が固定的だと

決めつけることはないのではないのでしょうか。 格差のある状態は不均衡状態

ということですがこれは経済活動の原動力になります。 不均衡を是正しようと

する力が経済活動そのものなのです。 ですから不均衡がないと経済は活発に

ならないのです

旧ソ連や北朝鮮を見ればわかりますが、平等な社会にすると経済活動は低迷して

しまいます

しかし不均衡が固定化してしまってはこれも問題です

不均衡があること自体が問題なのではなく、この状態がいかに早く、しかも制限

なく解消するための活動に結びつくかということが重要です。 前述したような

家庭単位の収入や学歴の差がこのような不均衡を固定化してしまう恐れがある

ということで問題になるのでしょう。 『アメリカンドリーム』という言葉が

ありますが最近の『99%運動』等はアメリカンドリームを目指す機会も失われて

いるということが大きなテーマであり結果としての不均衡を必ずしも否定している

わけではなく、むしろ機会の不均衡を問題にしています

翻って、日本の状況はどうでしょうか。 社会でも会社組織でも機会均等が

本当に確保されているのでしょうか。 機会があるなら実現するかしないかは

本人の問題ですし、機会均等が確保されていないとすれば社会の問題です

私見では、機会の平等性が確保されていないという感じがしますのでそのような

構造改革が進捗する必要があるように思えます。 例えば独占禁止法の厳格な

適用で農業分野での構造改革はもっと進むでしょうし、価格も低下すると思います

究極の経済活性化策としての構造改革や規制緩和が求められていますが、会社内

でも同じようなことがあるのではないかという見直しも企業人が是非行って

欲しいものです。 正規社員とは何かというのも大きなテーマだと思います

その51         2016/4/11に掲載

Integrityということについて

Integrityという言葉は日本ではあまり聞きませんが大切な概念だと思います

例えば契約をする場合、AとBとの契約は当事者間の契約と考えられますが、一神教

の国ではA、Bそれぞれが神と契約することと考えられています。 AとBとの

信頼関係による契約ではなく、神との契約であるから信頼できるとする考え方なの

です。 当然のことですが、相手も同じ神『宗教』を信じていることが大切で

神が異なれば信用できないというとになってしまします。 宗教の重要性はここに

あると考えると世界で起きていることの意味が少しわかってきます

ここで重要なのがIntegrityということです

通常日本語では『誠実性』と訳されるますが、神との契約の誠実性、即ち言行が

一定であり信頼感があるということが前提になっているので、自らの言動の統一性

に対する誠実さということだと思います

多神教の国では成立しない概念ですが、キリスト教やイスラム教、ユダヤ教などの

一神教の国では常識的な考えであり、また強く履行を求められますので政治家や

企業経営者にはこのような資質が強く求められています

最近発覚した野球やバドミントン選手の賭博行為はまさにIntegrityに対する欠如の

問題なので、情状酌量の余地はないと言えます。どんな有力選手であっても

永久追放が妥当だということになってしまいます。 ちなみにMLBの最多安打記録

保持者のピート・ローズはやはり賭博絡みで球界を追われ、未だに名誉回復されて

いません

もっと有名なのがシューレス・ジョーで無実ではないかという声もありますが

こちらも名誉回復されていません

厳しいことですが、ネット社会になればなるほど自分の行動や発言に責任を持つ

必要がますます高まってくると思います

その50         2016/4/4に掲載

100万円で人工衛星を打ち上げられたら

高校生でも人工衛星が打ち上げられるようになるでしょう

10年ほど前に『これからは日本企業がアジアの企業に買収される時代になる』と

予言しましたが、昨今の動きを見るとその通りになっています。シャープが鴻海に、

東芝の白物家電は美的集団に売却されたのが象徴ですが、報道されないだけで

中小規模の買収も沢山起きています

そこでこれからの10年を考えてみました。 それが冒頭の100万円で人工衛星

ということです。 もし、そのような時代になったら何ができるのでしょうか、

またどのようなビジネスが新たに生まれてくるのでしょうか?

これらの状況を予測し、準備を進めでおかないとまたまた日本企業は世界の流れに

置いていかれてしまいます

世界では、女性の活躍は何年も前から起きていますし、再生可能エネルギーの開発

も太陽光のみでなく風力、波力、地熱と海外では既に普及期になっていますので

これらの展示会に行けば、海外メーカーの展示が目立ち日本企業の遅れが明白です

賞味期限切れ食品の廃棄についても海外では取り組みが始まり、生活困難者への

支給や飼料としての利用が義務付けられている国もあり、日本での資源の無駄遣い

は遠からず非難の的になるでしょう

目先に技術に拘泥し、大きな視野で戦略を立てる力が無くなっていることは

嘆かわしい限りです。 海外志向の減退に代表されるような内向き志向から外向き

の意欲と意志が発揮される社会を作り上げていかなければなりません

『青年の大志を抱け』は今でも(今だからこそ)必要だと思います

その49         2016/3/28に掲載

情報の公開が新しい産業を生む

官公庁には膨大な統計数字がありますが公開されていないものもたくさんありますし

使いにくいものもあります。 これらの情報を公開し利用者が工夫することで、

新しい産業が生まれる可能性がありますが官公庁は積極的ではありません

情報を占有することは古来支配力の源泉でした。 例えば、天平飛鳥の時代には

隋や唐の制度や文化の情報は支配者に独占されていて、それを背景に自らの力の

源泉としていました。 逆にこのような情報を保持する集団が支配者になったとも

言えます。 その後も情報の独占は権力の源で現代でも独裁国家による自由の阻害は

まさにこのことであって、インターネットが繋がらないということも象徴的な事実

でしょう

さて、現代の日本では情報があふれているので感覚的には制限を感じませんが、

行政の持つ膨大な情報のうちどの程度が開示されているかというと大変少なく、

また使いにくいという事実があります。 何年か前にJRが顧客データの一部を

個人を特定できない状態で他者に開示するということがあり、顧客からの反対が

あって本人申し出で除外することが可能になったことがありました。プライバシー

の観点から反対が強かったのですが、私はJR本来の業務遂行に伴って収集した

データを自社のサービス向上に役立てるのでなく、他者に売却して利益を得るのは

業務目的に反するから反対しました。 それでは行政の場合はどうなるので

しょうか。 個別データの開示は課題が多いでしょうが統計的なデータについては

行政府として当然公開すべきと考えます。 何故ならば行政の目的は国民の生活

の資質を向上させることになあるからです。 行政府が全てのサービスを提供

できるわけでもなく、また効率性の観点からも民間でできることは積極的に推進

すべきと考えますが、そのためには統計的なデータの開示が必要になります

データを開示せず、サービスの提供もできないのであれば効率も低くなりますし、

生活の資質も向上しません。 どこかに情報を占有することで権力を維持しよう

という意図が無意識に働いているのでしょう。 データを共有した上で行政と

民間企業が利用のアイデアを競わせることで、質的な向上が達成されるのでは

ないでしょうか

ここにもタダで出来る経済対策があると考えます

その48         2016/3/22に掲載

日本再生には教育改革を

人材の基礎はやはり教育です。 これまでの教育は平均点主義でしたが、創造性や

独創力を育てるには個々人の特性を引き出すようなことが必要です

一時期、日本でも『能力別クラス』ということが言われましたが、これは間違い

です、本当に必要なのは『進捗別』または『理解度別』です。 子供達は100の事

を理解するのに、すぐ理解する人もいれば基礎の理解に時間がかかる人もいます

そして、ある程度の理解が進むと急速に力をつける人もいます。 進捗別というのは

このように理解のスピードに合わせて教育をするものです

算数や理科には絶対に必要なことですが、音楽や体育には必要がありません

また、先生は学生・生徒の理解度を知らなければなりませんので今までとは

異なった素質が求められるのでしょう

教室も進捗別クラスでは今の半分ぐらいの人数にしないと効果は出ません

幸い子供の数は減少していますのであちこちで教室は余っています、統合や廃校に

するのではなくもっと教室を活用すれば良いのです。 そして先生の数も増やさ

なければなりませんが、特定の科目のみ少人数クラスにするのですからパートタイム

の先生を雇用すれば良いのです。 一定の年齢になり子育ての終了した女性の

職場としては最適な環境ではないでしょうか

正規だ非正規だと言わず柔軟な勤務体系と賃金体系を作ることで解決できます

教育にかける予算が増えますが、日本の国家予算に占める教育関係費用は諸外国と

比較しても少ないのが現実ですからもっと予算をつけるべきです

私がアメリカで経験したことは、学校ごとに進捗別クラスの導入をPTAの意見を

取り入れて決め、また進捗が早い子は上の学年にも入れるというものでしたが、

本人と家族が望まなければ飛び級しなくても良いのです。 さらにもっと良いことは

途中で理解が深まれば、遅れていた子も(その科目だけ落第)元に戻れるということ

です

このような自由度が認められれば、今のように一番理解が遅い子に合わせた授業で

ほとんどの生徒がつまらなくなったり、平均値に合わせて理解の遅い子が脱落する

ということもなくなり皆が自分のペースに合わせた授業を受けることができ、学習

意欲がそれぞれに高まることが期待されます

先生も部活動の世話や雑用から解放し、それらは専門のスタッフで行うことで

授業に集中できますし、専門スタッフの雇用機会も増えます

アベノミクスにはない活性化の方策です

その47         2016/3/14に掲載

日本は漁業大国から脱落!

昔から日本人の主菜は肉でなく魚、沢山食べているという認識がありますが、実は近年その傾向が急速に変化しています

三陸沖は世界3大漁場の一つと中学時代の地理では習っていましたが、震災の影響も加わり漁獲量は大きく落ち込んでいるようです。 世界の漁獲高の1/4を誇ったのは昔の話、獲れる魚種の多さも生かされず、三陸沖のみでなく日本全体でも漁獲量は世界8番目にまで下がり、一人当り消費量も減少しているばかりか、輸入が急増しているとのことです

食生活の変化で肉食が増えたこともあるのでしょうが、他の国では魚の消費が増えている、漁獲高も増加しているというのは単に消費者の嗜好の変化だけではないように思います。 私もスーパーに買い物に行きますが、一食あたり単価で見ると魚の方が肉より高いという現実があります。 何十年か前の幼少期の記憶では、肉は高嶺の花、すき焼きは大変なご馳走だったのですが、今では刺身のほうが贅沢と感じられてしまいます

さて、どうしてこうなってしまったのでしょうか。 前にも書きましたが本当に嗜好の変化なのでしょうか。 食料政策の杜撰さが大きな原因ではないでしょうか

食料自給率を高めるためにもっとお米を食べましょう、国産の農産物を保護しましょうと言われていますが、生産・流通を含めた総合的な政策があるのでしょうか

漁業関係者の後継者問題、港湾施設、流通の課題、スーパーで売りやすい限られた魚がパックしやすいように同じ大きさに並ぶ陳列棚。 無駄による隠されたコストが非常に大きく結局生産者の手取りは少なく、消費者の支払いは大きいという結果になり高い関税で保護されている肉よりさらに高い魚になってしまっているのではないでしょうか

林業でも同じことが起きていて、戦後に建築材として杉の植林を進めたのですが安価で良質な木材の供給ではなく大量の杉花粉による花粉症を増やしているのでは笑い話にもなりません。 魚、米、果物でも木材でも高品質高価格のみでは→消費減→更に高品質高価格→売上減という悪循環に陥っています。 市場のニーズに的確に対応し幅広い市場に対応できる商品の提供とそのための技術革新が必要です。 ここにも新しい産業が生まれるタネがあるのですが、規制や既得権保護の壁のために新しい産業構造が生まれにくくなっています

日本人は“工夫の民”です。 昔から様々な工夫を重ね世界に誇れる技術を生み出してきたのは自由な発想と行動によるものです。 天平飛鳥、鎌倉、幕末から明治初期という混乱の時代に海外からの技術導入に刺激を受けて日本独自の技術進歩が見られました。 平安、江戸時代はこれらの新技術が精緻化され形式化された時代です。 今、必要なのは海外からの刺激を含めた第四の革新、そのための徹底的な門戸開放による競争ではないかと思います

その46         2016/3/7に掲載

民主主義の基本は妥協、妥協なき所にモンスターが現れる

アメリカの大統領選挙が世界中の注目を集めています。 日本でもニュースで報じ

られていますがBBCなどでは自国の選挙のような報道ぶりです。 特に今回は

ドナルド・トランプという異端の候補者が序盤戦で予想に反して勝ち進んでいる

ために注目度が高いようです。 民主党を含め誰が大統領になっても“初の”という

タイトルが付くそうで、初の女性、初の実業家、初のメキシコ系、初のユダヤ系

となります

一つの疑問はどうしてこのような初ものづくしになったのかということです。既存

の政治家に対する不信感が根本にあるのですが、その意味ではアメリカの民主主義

は健全さを保っているとも言えます。 一方で既存政党があまりに教条的になり

党派対立で重要案件が成立せず、最高裁の判事が約1年も空席になる事態も予想

されており、このような状況に国民が“NO”を突きつけているということもあります

民主主義の基本は自由な議論と多数決による決議、その背景にある少数意見の尊重

と妥協点を見出す努力にあります。 このような妥協が見出せないと、過激な宗派

対立からISや、小国の分立、スコットランド、カタルーニャ、ケベックの分離独立、

のような小集団の分裂が起こり、先鋭的な少数集団による統治へと進んで行きます

日本でも、多数決の名のもとでのイチゼロ的な考え、危険な兆候が増えてくることで

これからの若い世代に厭戦的な気分が蔓延することが心配です

私が関わっている学校法人でも、いわゆる“モンスターペアレント”が存在し、この

両親のお子さんはどんな生活環境なのかと心配になります

個人の自由は尊重されるべきですし、自由に発言できることはとても必要ですが、

同時に社会の中で生活するという一定の義務を果たすことももっと大切です

企業のガバナンスが話題になる今日この頃ですが、基本は個人と同様で、利益の

追求と同時により良い社会の一員となるべき行動基準がガバナンスの基本

ならなければなりません。 ルールを作り、学識経験者や弁護士を取締役に選任

するだけではなく、しっかりとしたコーポレートカルチャーを育むことこそが

ガバナンスだと信じます

その45         2016/2/29に掲載

すべての情報は日本語で得られる?

英語圏を除くと日本は例外的に自国語で様々な情報が得られる国です

話題の小説や学術書に限らず、新聞でもテレビのニュースでも世界中のニュースが

日本語で得られるばかりでなく、大学の授業も日本語、教科書も日本語です

ある時アフリカの政府高官が来日して日本国内を視察し、多くの人と話をする機会

があったそうです。 大学教授や政府関係者、主要官庁の幹部とも接しレベルの

高さに感心していたそうですが、もう一つ不思議に感じたのはほとんど誰も英語を

話さなかったことだそうです。 離日の前に親しい日本人にこんなことを言っていた

そうです

『日本で会った人たちは皆とても素晴らしい意見を持っていたが、誰から聞いた意見

なのだろうか?』、問いかけられた日本人は意味が分からす『皆さん自分の意見

ですよ』と返答したら

『そんな筈はない、だって英語を話す人がいなかったからどうやって情報を得ている

のですか?』、と真剣な顔で言ったそうです。 それに対し『日本では教科書も日本語

新聞テレビも日本語、世界中の小説から週刊誌に至るまで日本語で読めるから英語

がわからなくても問題ありません』と答えたそうです

これを聞いて、件の政府高官は信じられないという顔で言葉が出なかったそうです

世界中で、高等教育を自国語で行なっている国は珍しく、例えば北欧3国でも高等

教育は英語ですし、発展途上国では高等教育は米英に留学するのが普通です

さて、本当に日本語で全てが充足されているのでしょうか?

日本でも江戸時代から終戦に至るまでは、『原書にあたる』ということが常識でした。

原書をそのまま読むことで行間を読み、ニュアンスをつかみ、著者の意図を正確に

捉えることができるからです。 それのみでなく、すべての情報を日本語に訳すわけ

にはいかないので結局訳されていない情報は得られないのです

最近は若い人たちを中心に海外志向が減少し仕事での赴任はもちろん、旅行も

行かなくても良いという人が増えてきているそうです。 ネットで景色も見えるし、

危険もないということのようですが、やはり身をもって体験することの重要性は

あると思います

資源の少ない日本が将来世界に貢献できるのは、例えばソフトパワーを発揮する

ことで普遍的な価値観を発信することにあると思いますが、言葉が通じなくては

コミュニケーションが取れず真意が伝わりません

『少年よ大志を抱け』は今の時代でも生きているのではないでしょうか

その44         2016/2/22に掲載

逆スタグフレーションからの脱却

スタグフレーション(不況下のインフレ)の時代にも経済政策の有効性が問われ

ましたが、今は逆スタグフレーション(景気は悪くないがデフレ)になっています

やはり伝統的な経済政策が効かない時代なので、この分野でもイノベーションが

必要とされています

アメリカは1980年代の後半にWorkforce 2000(ハドソン研究所が政府の依頼で作成)

という大方針を打ち立て、第2次産業から第3次産業への大転換を図り、さまざまな

レベルでのソフトウェア教育を充実させた結果、今のIT産業で世界をリードするよう

になりました

ドイツではやはり伝統的な製造業を強化し積極的に海外に展開するとともに、

大量の移民労働者を受け入れました。 また東ドイツとの合併で優秀な東側の

労働者が比較的低賃金で雇用できたことも競争力を保つ要因となりました

日本でも基幹となるのは製造業ですが、コスト競争では韓国をはじめ中国や

東南アジア諸国に勝つことはできませんので、どこに競争の原点を置くのかという

基本的な認識とそのためのサポート政策が必要になります。

現在ではこれらは共通認識となっておらず各企業が個別に対応しているだけで

国全体の実力アップにつながっていません。 経団連などの経済団体がシンクタンク

に依頼してWorkforce2000に匹敵する経済発展基本戦略を作成し、各企業の

経営者はその基本戦略に則った活動を行うと同時に政府も教育の充実や海外との

人材交流の機会を増やすようなインフラと法的整備をする必要があります

坂道を下るように加速してしまうインフレになっているときには、金融政策は

ブレーキとして有効です。 しかしブレーキを外しても平坦な道では加速はしま

せんし、まして上り坂ではかえって逆走する危険もあります

タンクにガソリンはあっても、行先の見えない道ではアクセルは踏めません

タンクの中のガソリンがなくなっていれば、ブレーキを外しても車は動きません

企業の未処分利益が積み上がっているということはガソリンはある状態だと考え

られますので適切なカーナビが必要だと考えられます

国内の競争のみでなく、色々な意味で国際的な競争が始まった結果、今まで順調

に走ってきたという経験だけでは、海外で右側通行の道を走らなければならない、

標識も読めない、周囲の運転も随分荒っぽいといった環境にはすぐには適応でき

ないのも当然かもしれません

適応力(基礎的教育)、しっかりとしたナビゲーション(共通認識に立つ戦略)、

決断力(自立して合理的な判断ができる訓練)が求められます

学校教育から始める必要がありますが、まずは各企業で社内訓練の基本方針を

しっかり立案し実行に移すこと、管理職や経営者への登用はこのような基準で

選任することで展望が開けてくるのではないでしょうか

その43         2016/2/15に掲載

5%ルール

内部監査をはじめ、監査に関係する方であれば5%ルールと聞けば重要性認識の

一つの目処という連想を持つと思います。 似たような発想ですが、ここでは政治の

世界での5%ルールを考えてみます

他の多くの国で似たような制度を導入していますし、現在進行中のアメリカ

大統領選挙でも候補者が多い場合は討論会への参加を直前の世論調査の支持率

で制限をして、立候補しても必ずしも全ての討論会に参加できるわけはありません。

ドイツをはじめとした国では選挙制度の中で5%未満しか票を獲得できない政党は

比例区での議席配分がないというルールを設けています

公平であるべき参政権においてこのような制限は、日本での一票の格差という

議論から見ると“どうして?”と思いますが、一部の意見しか反映していない

グループを排除することで、極端な主張が出ないようにするとか、主要な政党間

での議論を充実させるためという判断です。 確かに、日本では選挙シーズンに

なるとニュースでも全政党の主張を流し、全ての候補者の意見を聞くことが多く

ありますが、個人的にはあまり好ましくないと考えていましたので、5%が妥当か

どうかはともかく内容を充実させ、さらにこのような縛りを設けることで政党の

集積度が上がるという効果は高いと考えます。 一定の支持を集めるために

幅広い政策立案が求められますし、どのような妥協をするのかによって質の高い

議論ができるのではないかと考えます

“妥協”という言葉は日本ではネガティブにとらわれがちですが、多数決制度を

とる以上、妥協点を探ってより広い層からの支持を得る努力をするというのは

民主主義の根本だと思いますし、心の柔軟性がないとできません

教条的でない柔軟な発想と反対者を包み込むような理解力が養われるのでは

ないでしょうか

会社の組織でもこのような柔軟な発想ができるともっと住みやすい世の中に

なると信じます

その42         2016/2/8に掲載

1968年

ベトナム戦争が泥沼化し、若者を中心に厭戦気分が広がるとともに

エスタブリッシュメントに対する疑問が広がった時代です。 米国ではベトナム反戦

運動や徴兵忌避が活発化するとともに、マリファナなどの麻薬が一般市民にも

広がり始めた時期です。 日欧では学生運動が活発化しいわゆる学園紛争が

蔓延した時期です

このような時代に学生時代を過ごし、ヘルメットにゲバ棒は持たなかったものの、

仲間と大いに議論し、大学に泊まり込み内ゲバを目撃したり、時には両者の間に

入って殴り合いを阻止したりした経験が今では懐かしく思います

個人的には学園紛争ではなく、大学闘争だと思っています。 何故ならばしっかりと

した主張があったからです

大学の古い体質、改革を望まない教授会、教授会の封建的な体質に対する

改革運動が本質だったからです。 それまでの体質では学問の進歩がない、新しい

発想は閉じ込められてしまい将来の日本の発展が止まってしまうという危機感

が底流にありました

私自身も闘争が中途半端な形で終焉を迎えたことで20年–30年後に日本は

世界から取り残されてしまうという危機感を抱いたものです。 バブルの崩壊は

ちょうど20年後です。 高齢化、人口減少、技術革新に対する対策が打てず

経済は下降曲線を描き、政治は混乱し少数政党乱立で政策の選択肢がない状況

が続いています。 残念なことに予言は当たってしまったということです

 

1968年に何を問い、何を目指していたのかに立ち返りもう一度改革の

チャンスを生かすことに皆が努力をすべきだと思います

その41         2016/2/1に掲載

日銀はサプライズが本来の役割なのか

またまた、日銀によるサプリズがあり、効果が疑問視されているマイナス金利の

導入が決まりました、しかも5:4という僅差の決定です。 FRBであれば議長の

不信任にあたります。 多数決と言いますが、アメリカの制度にはいくつか良く

考えられた規定があり、例えば上院での議決は51票が過半数ですが重要法案に

限っては60票が必要ですし、フィリバスター(時間無制限発言による審議引き延し)

も重要法案では認められています

さて、本題に戻りますがマイナス金利の導入は危険な賭けではないでしょうか

3年前のアベノミクスの際にもコメントしましたが、アベノミクスは成功しない、何故

なら政策の導入順番が違うからと指摘しました。 抜本的な制度改革が一番

そのための時間稼ぎの補強手段として金利政策や財政政策があるのに、

改革推進の政策が無いまま金融政策を実施しても効果は無いと述べました

20年前のように企業に金がなく、国民に金があった(貯蓄率高い)時には低金利は

貯蓄から銀行を通じて資金が企業に供給されるので景気高揚策となります。 しかし

今は企業は金持ち(未処分利益が積み上がっている)なのに、国民は貧乏なのです

特にサラリーマンは賃金は伸びず、貯蓄はありません。 預金残高が500兆円以上

(一世帯当たり1,000万円)ありますが大半は高齢者でお金を使わない世代ですし、

保有する土地家屋がバブル崩壊以降値下がりして資産全体は毀損しているのです

つまり、国民はデフレ歓迎なのですが、政府は強引にインフレにしようとしています

20年前までは国民の唯一の資産形成手段であった地価が大きく値下がりし、土地

を保有している高年齢層のバランスシートは悪化していますので、心理的に預金は

使わないということになっています。 若手は給与が10年も上がらないので、やはり

節約志向になっています

企業が投資をしないのは、国内に需要がないからであって資金がないからでは

ありません。 だからいくら金利が低くなっても(今でも十分に低いのです)国内に

投資はしません。 輸出企業は過去30年間の円高に耐えるため為替を中立化する

対策をしてきましたので円安になっても輸出は増えません。 決算上、外貨建て

部分を円換算した利益の上乗せはありますが昇給のような恒常的な支出はしません

中央銀行の役割は信頼感と政策の一貫性です。 人を驚かせてはいけません

政府は自らの身を切り、選挙制度改革や行政改革(人口が減少しているのであれば

行政組織を簡素化しなければ相対的に肥大化していることになる)、そして最も大切

な規制撤廃を実施すべきです。 そうすれば国内での投資意欲が高まり景気も

回復するでしょう

その40         2016/1/25に掲載

何故、日本人は哲学を持たなくなったのか

カント、デカルト、ヘーゲルを読めという話ではありません

私が学生だった頃までは友人の四畳半の下宿に上がり込み、サントリーの角を

(トリスでないところが多少金持ちだったのかも)飲みながら口角泡を飛ばして青臭い

書生論議をしたものです。 これが哲学かどうかはわかりませんが、議論のなかで

論理的な思考、合理的な考え方、相手を説得する論旨の確かさ等が磨かれていた

ことは間違いがありません。 さらに全共闘時代でしたから独特の論理に従った

議論もたくさんしたので、今でもどこで誰と議論しても負けないという自信があります

海外との取引を含め、真っ向から議論できたのはこのような下地があったからだと

考えています

翻って、最近の風潮を見るとあまりこのようなことをやっているという話を聞きません

政策を見ても、論旨が曖昧で法律も土台がしっかりしないものが多々あります

何日か前にフランスの少子化対策についての記事を読みました。 1970年代、

フランスでは人口減少に悩み出生率が低下していました。 この頃は日本でも

ヨーロッパでも学生運動華やかな頃でフランスでも連日のようにデモがありました

ドゴールが改革政策を導入し落ち着いてきたのですが、任命された文部大臣は

30歳代半ばの若手、大学改革では全国の大学を統一し門戸開放、その結果

パリのソルボンヌ大学という名前は消え第8大学となりました。 少子化対策も

このような時に導入されたようです。 池田首相の所得倍増計画を真似て

フランス版所得倍増計画もできました。 その結果、今では出生率も2.0にまで

回復しましたが、一方で結婚しないカップルも大幅に増加し全体の半数近くが

パートナーという形になっています。 それではどのような政策が取られたのか

というとシラク3原則と言って主として女性の権利保護と収入の安定、そして

保育施設の充実あるいは十分な保育補助ということだそうです

どこかの国で昔あった“産めよ増やせよ”ということではなく、しっかりとした哲学の

もとに環境の整備をしたということです。 考え方の基礎がしっかりしているから

信用もされるし皆で共有できるということでしょう

日本でも、企業にせよ政府にせよしっかりした考え方(私はこれを哲学と呼ん

います)に沿った施策を立案し、主張し、迷わず実行するようになることを望んで

止みません

その39 2016/1/18に掲載

仕事を半分にすると世の中が違って見える

パーキンソンの法則にもあるように仕事は放っておくと無制限に増え、その対処の

ために人が増え、さらに仕事が増えることになります。 アメリカ赴任中に日本からの

赴任者は当初単なる担当者だったのに3代目には部長になるという笑い話が

語られたものです。 日本企業の海外赴任者は一般的に3、4年で交代します

実務的な担当者の後任はすぐに仕事ができるようにとの要請から現赴任者より

経験豊富な人が求められます。 語学のハンデ、環境への慣れ等を考慮すると

現赴任者が3年かけて築いた経験値を3ヶ月程度の短期間で引き継がなければ

ならないからです。 3ヶ月も長い方で時として2週間ほどの引き継ぎということも

あります。 しかし後任者は1年もすると環境にも慣れ、もともと実力はあるわけ

ですから仕事の幅を拡大してゆきます。 そして、次の交代も同じように少し実力の

ある人が赴任することになり、部長クラスになります。さらに悪いことに実務担当者

が必要になり赴任者が一人増えることになって、典型的なパーキンソンの法則が

成立するわけです

これらを防ぐ手段は仕事を半分にすることです 半分であれば上記の例でも

同格の実務担当者で十分な訳ですし、場合によっては半分のさらに半分、

四分の一を現地のスタッフに任せれば士気を高める効果もあり現地化が進むこと

になります

どうやって半分にするかということですが、意外に簡単で単純にリストアップした

自らの仕事の中で優先順位の低い仕事を止めてしまうということです

キーポイントは上司のメッッセージで、仕事を減らしなさいと言わないと実現しません

管理職の仕事は仕事を減らすことと思え!

仕事を減らすアイデアを出し、メンバーに奨励し、背中を押すことで実現します

みんなで仕事をなくそうをスローガンにしてみましょう

その38         2016/1/12に掲載

海外メデイアの日本を観る眼から学ぶ

日経新聞にFTコメンテイターのマーティン・ウルフとアメリカの元財務長官

ローレンス・サマーズの日本経済の現状と将来に関する意見が載っていました

日本の政府やマスコミに遠慮することなく忌憚のない意見だと感じましたが、同時に

国内のメディアでは何故このような意見が出てこないのかと不思議に思います

中国やロシアはいざ知らず、欧米各国では自国の政策に対しても率直な意見が

載るのは日常茶飯事で政府も政治家ももちろん各企業もこのような環境の中で

鍛えられると同時にしっかりと反論なり主張をしてゆくことを学びます。 これらの

積み重ねで論理的で説得力のある議論の進め方、いわゆる“説明責任”

果してゆくのですが、日本のように厳しい議論のない国では鍛錬の場が与えられ

ません

スポーツの世界でもマスコミ対応は重要な“実力”の一部で有力国の選手は

コーチがついてマスコミ対応の練習をしています。 ここにもルールがあって

例えば試合直後のインタビューでは

1.試合の結果など見ていればわかることは聞かない

2.質問は3つ程度

3.勝敗のキーポイントに対するコメントを聞く(視聴者が知りたがっている)

といったような暗黙のルールがあるので選手も準備ができるし、試合直後に長々と

インタビューが続くということを避けるようになっています。 日本選手も海外での

試合経験のある場合うまく対応しているようですが、逆に国内のマスコミ側の

対応ができていないケースが見受けられ、海外の有力選手に戸惑いが見られる

ことがあるような場合、ルールを知らないインタビューワーが恥ずかしくなります

ここでも“国際化”が進んでいないということになります

さて、冒頭のコメントですがアベノミクスの限界、日本経済低迷の真の原因は

供給ではなく、需要不足だということ、労働力の減少に対して移民の受け入れが

不可欠というのが論旨になっています。 全く同感ですが、国内でこのような主張を

する人も、マスコミもほとんどいないのは何故でしょうか。 “お上には逆らわない”

ということであれば大問題です

皆がもっと多様な意見を戦わせることが重要だと感じます

その37         2016/1/5に掲載

企業はどうしてコーチを雇わないのか

企業はコンサルタントと契約することはあってもコーチと契約を締結することは稀です

例えば、新商品の開発が予定通りに行かない、売り上げが伸びないといった課題

に対してコンサルタントと契約することはあります。 この場合にコンサルタントに

期待することは何でしょうか? 課題は明らかになっているので求めることは

How to です。 しかし、多くの場合ある程度の成果はあるものの、提案通りに

実行できないために満足した結果が表れないことが多いのではないでしょうか

つまり、求めていることは実践です。

一方、業績の向上のためには何をすれば良いのか明確な指針ができていないような

場合もあります。 売り上げを伸ばすのか、コストを削減するのか、それとも他の

方法があるのか迷っているような場合はコンサルタントの出番です

このように考えると、企業の抱える課題はどうやって実践し、また行動を身につける

のかという場面が多いことがわかります。 経営者は方向性を打ち出しているのに

メンバーがその通りに実行できないために目標が達成できないということです

前回のラグビーの例でいえば、身体の大きな選手を集めるのか、それとも運動

能力の高い選手に必要な技術を身につけるのかという選択肢です。 すでにいる

選手を入れ替えるのは困難ですから、必要な技術をどのようにして身につける

のかが現実的な課題であり、また結果が出ないことが多いのです。 これまでの

日本チームもそんな状況だったのではないでしょうか。 しかし今回は責任ある

コーチを採用したために見事な結果が出たということでしょう

基本方針は組織が主体的に決めるべきですからコンサルタントの入り込む余地

は少なくなります。 かなり初期の段階ではコンサルタントの経験や知識、そして

分析能力が求められることもありますが、一度方針が決定すればそれぞれの役割

に応じた実践能力を身につけるためのコーチが必要です

スクラムのコーチ、タックルのコーチといった感じになります

企業の体質強化などでも同様で多くの企業で必要なことは専門的なコーチを

配置して実践力を高めることが重要です