“明日は何を新しく始めますか?”
これができれば目標管理は間違いなく成功する

内からの眼、外からの眼

今回のオリンピック組織委員会長の失言?についてあれこれコメントがありますが

本質は多くの日本人の物の見方にあります

つまり失言ではなく、本音であったということですが一部のコメンテーターかからも

同じような指摘が出ています

振り返って明治初期の鹿鳴館時代を考えてみましょう

当時の明治政府は議会で選任された内閣ではなくいわゆる革命政府でした

そして最大の目的は日本を近代国家にし植民地化を防ぐ、そのために少なくとも

外形的には欧米諸国並みの身づくろいが必要でしたし、不平等条約の改定のためにも

欧米諸国から同列に近い国家だという認識を得ることが喫緊の課題でした

そのための施策の一つが鹿鳴館であり、洋装でのダンスパーティーでした

人材も陸奥宗光をはじめとした英語に堪能な人物を活用し二十数年で何とか初期の

目的は達成したのですが、残念ながら日本人の思考方法そのものを論理的、合理的

なものへ変えることはできず却って全体主義的な上位下達的な体質になってしまい

ました

急速な変革、軍備増強のためにはもっと効率的な方策だったからです

戦後の近代化の過程でもこの体質に変化は無く、戦後の復興のためには上位下達が

最も効率的だったこともあります

この延長線上にあるのが今回の問題です

新聞報道によれば懇談会での森会長の話は約40分、一時間の会議であれば事務的な

話を覗くとほとんどの時間、二時間の会議であっても三分の一以上をとり、女性理事

の話は長いという以上に問題があります

懇談会であれば広く多くの人から意見を聞く機会の筈ですがそうとは見えません

このような分析を含めた報道やコメントもなく、単に女性蔑視発言だと矮小化する

こと自体、報道機関にも本質を見抜く力がないということで社会全体に蔓延る

自由な意見陳述を避ける、避けさせるという課題に対する認識が甘過ぎます

次期会長選任の過程でも、選考委員の名前は公表されず、議事録もないのでしょう

これではとても透明性のある選考とは言えません

思い返せば、招致のスローガンの一つが「コンパクトなオリンピック」だったのに

開催費用、施設の新設、開催種目の拡大等既に招致のスローガンから大きく外れて

います

大きな代償を払ってもオリンピック開催を返上し、本質的に何が悪かったのかを

冷静に反省し、判断すべき時です